封太はまったく動じなかった。
『氷を処分したのは、たしかに女将だろう。しかし実行犯は違うな』
室内の空気が、ぴんと張りつめた。
園枝の肩がわずかに震える。
「……どうして、そう思われるのかしら」
声は静かだが、指先が白くなるほど強く握りしめられている。
封太が言った。
『簡単だ。頭部を一撃で昏倒させるには、相応の腕力と角度がいる。園枝さんの体格からすると、やや不自然だ。
それに使われた氷は、おそらく厨房にあった氷塊だろう』
園枝は答えない。
『さらに言えば、湯上がり処だ。公式サイトに載っている簡易図と、先ほど見せてもらった写真を照らし合わせると、あそこは廊下の死角になっている。厨房からなら最短で向かえる』
「……それ以上は」
園枝の声が、かすれた。
しかし、封太はやめなかった。
『女将。あなたは氷を溶かした。だが殴ったのは、別の人間だ。それは例えば──いま、この場にやってくるであろう人物』
沈黙が落ちる。
その沈黙を、廊下を踏み鳴らす荒い足音が破った。
ばん、と扉が開く。
「やめてください!」
翔悟だった。息が荒い。
「女将さんは関係ありません。俺が……俺がやりました」
園枝が顔を上げる。
「翔悟さん……」
翔悟はこぶしを震わせたまま、続ける。
「あいつは……モリストッパーZは厨房に入ってきたんです。不正を暴くって、スマートフォンを向けながら。冷蔵庫まで勝手に開けやがって……!」
るいが立ち上がった。
「それで、あなたは?」
「一度は追い払ったんですが、そのあと、湯上がり処で寝ているところを見かけた。その顔を見ていたら、あいつの笑い声が頭の中に蘇ってきたんだ……! だから俺は厨房にもどって、氷を……氷を削り、布で巻いて……」
翔悟は頭を抱えてうずくまった。
「……まだ寝ていたあいつを、殴りました。どうかしていた……それで直後の現場を女将さんに見られて、……女将さんは俺をかばおうとしたんです」
『それで発覚を遅らせるために、湯上がり処の電気を落とした……そうだな?』
封太が確認するように言った。
園枝が目を閉じる。
「この宿は、わたくしのすべてです。翔悟さんは、わたくしの家族同然。……守りたかったのです」
るいが深く息を吸い込んだ。
「事情はわかりました。しかしそれでも、法は曲げられません」
るいは手錠を取り出して、静かに告げた。
「あなたを殺人の容疑で逮捕します」