茉里香はこっそりと、廊下に出た。
るいを自分の客室に呼ぶためだ。
廊下は相変わらず静かだ。
この宿でつい先ほど殺人事件が起こったなんて、うそみたいだった。
周囲を警戒しながら、こそこそと移動する。
るいの客室は……たしか「牡丹」だった。
しかし、ふと。
──茉里香に魔がさした。
自分でもなぜかわからない。
だが突然、好奇心がどっと湧きあがったのだ。
──モリストッパーZの死体を、もう一度確認したい。
廊下はロの字。逆に回れば、死体のある湯上がり処まで行ける。
茉里香は左右を確認した。
できるだけ足音を立てないよう、それでいて早歩きで湯上がり処へ向かう。
……そのとき、
「やあ、まりちゃん」
「ひゃあッ!?」
声をかけられて、茉里香が飛び上がった。
あわてて振り向くと、そこにいたのは慧だった。
「まずいんじゃないの、出歩いちゃ?」
慧は相変わらずにやにやと笑っている。
「けっ、慧さんこそ……」
「俺はまりちゃんと同じ。……死体が気になったんだろ?」
そう言って、慧は四角い紙を何枚か取り出した。
それは写真のフィルムだった。
「最新式のポラロイドカメラで撮ったんだ。死体と、その周辺。これならデータを改竄(かいざん)できないからさ」
そのフィルムでパタパタと空中を煽ると、茉里香に差し出した。
「あげるよ。だから死体には近づかないほうがいい。まあ、行くってんなら止めないけどさ、リスクを犯すほどでもないぜ」
茉里香は慧の真意を計りかねていた。
「……どうして、私にフィルムを?」
「犯人、探してるんだろ? これは未来への投資ってやつ。貸せるときには貸しといたほうがいいっていうのが俺の信条でね」
そして慧は踵(きびす)を返すと、後ろを向いたまま手のひらを振った。
「期待してるぜ、小さな情報屋さん」
「ちょ、ちょっと……!」
呆気にとられている茉里香を置いて、慧はさっさと行ってしまう。
茉里香はフィルムを手にして、すっかり熱も冷めてしまった。
「……慧さんの言うとおりだよね。好奇心に負けちゃダメだ。……真犯人を探すことに集中しないと」
茉里香は片手で自分の頬をつねり、今度こそるいの客室へと向かった。