「お夕飯の前に、お風呂に入りに行きましょうか」
暦の提案で、茉里香たちが着替えを持って客室の外に出た瞬間、カシャ、と乾いた音がした。
茉里香が顔を向けると、そこには一眼レフを持った慧が立っていた。
慧はわざとらしく手を振った。
「おっと悪いね、館内を撮っていたらうっかりまりちゃんたちを映しちゃったよ」
茉里香は慧ににじり寄った。
「いま、絶対狙ってた! そもそも館内での撮影はダメだって、さっきモリストッパーZが言われてたでしょ!」
「え〜、あれは配信についてじゃなくて?」
「カメラもダメ! 私たちについては肖像権の侵害! いますぐ削除して!」
「はいはい、あ〜、まりちゃんは厳しいねえ……」
慧はへらへらしながら、カメラの液晶を覗き込んでいる。
「あんまりおいたが過ぎると、それこそモリストッパーZくんを喜ばせることになるかもしれませんよ〜?」
暦がにこにこしながらそう言って、慧は肩をすくめた。
「それは困る。彼、界隈では有名人なんだって? こんな高級宿に泊まるなんて、炎上系って儲かるんだね」
「ちょっと、慧さん! 消しました!? 写真!」
「うん、消したよ。ほら、直前の写真は雪景色」
茉里香はしっかりと慧のカメラを確認すると、ようやく納得したように慧から離れた。
「盗撮なんかしたら、承知しないから!」
「わかった、約束する。今のは冗談だよ、仲良くしようぜ」
茉里香はつん、とそっぽを向いた。
ラウンジの前を通りかかると、そこでは燈一郎がまだ本を読んでいた。
そのとき、燈一郎が視線をあげて、茉里香とばっちり目が合ってしまった。
茉里香はあわてて、燈一郎にあいさつをする。
「あ、こんにちは……」
「ああ……、先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまったね」
燈一郎はそう言って本を閉じた。
「いえ……御影燈一郎先生ですよね。モリストッパーZに目をつけられて、大変ですね」
「まあ、うっとうしいが、彼のおかげで話題がつきないというのもある。身の潔白は自分が一番知っているしね」
うーん、おとなだ。
茉里香は感心した。
「御影先生は、客室にはもどられないんですか〜?」
今度は暦が尋ねる。
「客室では物を書くことだけをしたいんだ。いまは脳を休めている」
「脳を休めるのに、読書を……?」
読書をすると頭が痛くなる茉里香には、到底理解ができない。
燈一郎はその様子を見て、くく、と小さく笑った。
「自分の作品以外のことを考えている時間は、すべて脳の休息なんだ」
そこへ、今度はるいがやってきた。
コートは脱いでいるが、やはりゴシック調のワンピースを着ていた。
「あら、もしかして……まりちゃんたち、これからお風呂かしら……?」
「あ、はい。るいさんもですか?」
るいは小首を傾げた。
「そのつもりだったけれど……出直すことにするわ。電車の中ではお邪魔してしまったし、温泉くらい家族水入らずで入ってらして」
「私もいい加減、客室にもどるかな」
燈一郎がそう言って立ち上がる。
「ふたりとも、どうぞごゆっくり」
「はーい」
茉里香と暦の返事が重なった。