玄関からロビーに足を踏み入れた途端、なにやら騒がしい。
正面のフロントに人のすがたはなく、声がするのは向かって左側にあるラウンジのほうだった。
茉里香がこそっと覗くと同時に、「うげっ」と声を出した。
「答えないってコトは、やっぱり認めるんですか〜ぁ!? あの盗・作・作・品のこと〜!?」
大学生くらいの男が、スマートフォン片手に騒ぎ立てている。
派手な色の服に金髪、額にはサングラス。
その声とすがたに、茉里香はすぐに気がついた。
「炎上系配信者の、モリストッパーZ(ぜっと)じゃん……」
彼の視聴者数はウルリカよりもずっと多い。
しかし、炎上と再生数が比例することを理解して、わざと迷惑行為を繰り返す厄介者だ。
対して絡まれているのは……、和服を着て帽子を被った、メガネの男性。
ラウンジの椅子に腰をかけ、モリストッパーZを無視して本に目を落としている。
そのそばで、おろおろとしている着物の女性。
おそらくこの宿の女将だろう。
茉里香は暦の腕をつついた。
「こよみちゃん、さすがにあいつの動画に映ったらやばいよ。あっちに行こう」
「え〜? でも気になるわぁ〜」
そのとき、女将のうしろからぬっと背の高い男が声をかけた。
「女将さん、お客さんが来てますよ。ここは俺が」
「ご、ごめんなさい、翔悟(しょうご)さん……」
翔悟と呼ばれた男は、白い作務衣に和帽子すがただった。
いかにも料理人、といういでたちだ。
モリストッパーZは、今度は翔悟にカメラを向けた。
「こっちもお客なんですけど〜?」
「ですがお客さん、当宿では撮影は禁止です。ほかのお客さんとのトラブルはもってのほか。スマートフォンはしまってください」
「あ〜……」
翔悟の淡々とした物言いに、モリストッパーZは少しひるんだようだった。
スマートフォンの画面に目をやっている。どうやら配信中で、コメントを読んでいるらしい。
「視聴者のみんな、ごーめん。怒られちゃったんで、ひとまず配信終わるわ」
しぶしぶ、モリストッパーZはそう言ってスマートフォンの画面をタップすると、翔悟をにらみつけた。
「……んだよ、えらそうに……おまえらも炎上させてやるぞ……」
ぶつぶつ言いながら、その場を離れていった。
翔悟はメガネの男性に頭を下げた。
「すみません、御影(みかげ)先生」
「いや、こちらこそ。彼は私を目の敵にしているようだから」
今度は目線を上げて、メガネの男は苦笑して言った。
その様子を見守っていた茉里香は、はっとしてつぶやく。
「あの人って……」
茉里香は、ラウンジの椅子に座るその男を、改めてまじまじと見た。
どこかで見た顔だ。
「小説家の御影燈一郎(とういちろう)先生です」
フロントにもどってきた女将が、控えめに視線を向けてから言った。
「うちをひいきにしてくださっているんですけれど、こんなことになってしまって……、お客様がたもお待たせしてしまって申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げてから、女将は顔を上げた。
「申し遅れました。当宿の女将を務めさせていただいております、雪村園枝(ゆきむら・そのえ)と申します。
──本日は雪月華へようこそいらっしゃいました」