書斎は壁の一面が本棚となっており、そこにはぎっしりと本が敷きつめられていた。
机の上には、電話の子機が置いてある。
「いい趣味をしているな」
じろじろと本棚の背表紙を見ていた深神は、ふと視線を横に動かした。
白い壁にはフックがみっつ、取りつけられている。
「このスペースに絵が飾られていたわけですね」
「ええ、そうです」
そういう千代は、この部屋に入ってこようとせずに、入り口に立ったままだった。
「どうされました?」
「いえ、その……ご気分をわるくしてしまったらごめんなさい。でも、この部屋で……夫が亡くなったものですから」
千代は気持ちがわるそうに、口元を手でおおった。
深神はというと、特に気にしたそぶりは見せず、うなずいただけだった。
「それは、おつらいでしょう。……念のため、この部屋の写真を撮らせてください」
深神はデジタルカメラを取り出すと、壁や本棚など、数枚の写真を撮った。
「奥様の部屋はどちらですか? そちらも拝見したいのだが」
「かまいませんが……、私の部屋には、なにもないと思います」
千代は困惑した様子を見せながらも、二階の部屋へと深神を案内した。
「本人さえ気にも留めないようなものが、重要な手がかりになったりするものです」
深神はそういうと、ずかずかと部屋のなかに足を踏み入れた。
千代の部屋は、きれいに整頓されていた。
化粧台とベッド、それにキャビネットが置かれている。
深神はそれらも一枚ずつ、写真におさめていった。
「奥様の部屋には、絵を飾られないのですか?」
深神がたずねた。
壁にはシンプルなデザインのカレンダーしか、かけられていない。
和也の部屋の壁一面の本棚を見たあとだと、それはいささか、殺風景のようにも感じられた。
「ええ……、実は私……額縁(がくぶち)がすこしこわくて」
「え?」
千代の思いがけない言葉に、めずらしく深神がきょとんとした。
「それはどういうことですか?」
「あはは、ちょっと変ですよね? でも……なんだか私、
額縁の裏側には得体の知れないなにかがひそんでいるような気がして、近づけないんです」
「ふむ……」
深神はもう一度、壁に目をやった。
深神なりに、白い壁の上になにかの気配を見出そうとしているようだった。
「それはまた、難儀な恐怖症ですね」
「でも、家の外や、音楽のある場所でしたら、割合平気ですから」
千代がほほえむ。
「次は娘の部屋も見ますか?」