千代に連れられて、深神は葵家の庭に出た。
庭師をやとうだけのことはあり、庭の手入れは行き届いている。
冬だというのに、まるで春のように花が咲いていて、にぎやかだ。
そんな花のなかに、赤い屋根の犬小屋があった。
深神たちといっしょに表に出た萌乃は、そこにいた茶色の毛をしたイヌへと駆け寄った。
イヌは、犬小屋のまえに鎖で繋がれている。
深神が近づいても、そのイヌは吠えることもなく、深神を見上げて尻尾をふった。
舌を出しているせいか、その顔は笑っているようにも見える。
「ずいぶんと人に慣れていますね。私はよくイヌに吠えられるのだが」
イヌを見下ろしながら、深神が言った。
「こんなに尻尾をふられたのははじめてだ」
「名前はナキオといいます。もともとは野良だったのですが、
こんな調子で娘になついてしまったので、結局うちで飼うことになりました。
あまりにもなつっこいので、以前はどこかで飼われていたのかもしれません」
ナキオと遊んでいた萌乃は、深神を見上げてにこりとほほえんだ。
「みかみ先生、なでても平気だよ。ナキオはおとなしくていい子だから」
深神は言われたとおりにナキオの頭をなでてみた。
すると、ナキオがうれしそうに深神の手にすり寄ってきた。
わずかに手の動きを止めた深神に、千代が後ろからたずねた。
「もしかして、深神先生はイヌが苦手ですか?」
「いえ、イヌのほうにきらわれることが多かったんです。ここまでなつかれるとは、正直おどろきました。ふむ……」
しばらくナキオを興味深そうにながめていた深神だったが、やがて立ち上がると言った。
「わかりました。この依頼、お受けしましょう」
その言葉を聞いた千代の表情が、ぱっと明るくなった。
「ほんとうですか!」
「ええ。たしかにこの事件には、裏がありそうだ」
深神は千代に視線をもどす。
「依頼内容は『山葡萄のレクイエムをさがし出す』、ですね」
「はい、どうかお願いします」
深神はうなずいた。
「できる限りの手は打ちましょう。……それでは早速ですが、調査を始めたい。
まずは、和也氏の書斎を拝見してもよろしいかな?」