空は暗く、雨は一向に止む気配がない。
は借りものの傘をさして街を歩いていたが、街なかにはあまり人のすがたがなかった。
「……こんな雨のなか、ベルナデットさんも外にいるはずはないよね」
そのとき、はベルナデットとがはじめて出会ったという、あの図書館のことを思い出した。
「……もしかして」
が図書館におもむくと、そこには予想どおり、ベルナデットのすがたがあった。
ベルナデットは本を読むでもなく、ぼうっとイスの上に座っていた。
「……ん、どうした、。こんなところへやってきて」
ベルナデットはに気がつくと、ふしぎそうな顔をした。
そんなベルナデットに、は思いきってたずねてみた。
「……ベルナデットさん、もしかして、神さまに叶えてもらった願いごとを、思い出したんじゃないですか?」
「……!」
ベルナデットはびくっと肩をこわばらせると、それからななめ下に視線をそらした。
「そ、それは、その……」
そしてちらりとを見ると、ふたたび視線をおろした。
「……どうしてわかった?」
「ごめんなさい!」
ががばり、と頭を下げた。
とつぜん頭を下げられたベルナデットは、きょとんとした。
「……どうしてがあやまるのだ?」
「……わたしが、神さまと取り引きしちゃったんです。神さまのお願いを聞く代わりに、ベルナデットさんの記憶をもどしてもらって……」
それからは、ぽろぽろと泣き出した。
「わたし、記憶がもどるのはいいことだって思いこんでいました。でも、ベルナデットさんがとりもどした記憶が、もしかするとベルナデットさんをかなしませるようなものかもしれないって気がついて、朝からずっと不安だったんです」
「そうか、これはのおかげだったのか」
ベルナデットは怒らなかった。
それどころか、やさしい声色で言った。
「ありがとう。私は、私自身が何者なのか知ることができて、すっきりした。……私は、この世界のものではなかったのだ」
「え?」
「くわしい話は、言えない。たぶん一生、だれかに話すことはないと思う。でもたしかなことは、私はこの世界で生きることを願ったのだった」
ベルナデットはほほえむと、両手を胸もとに当てた。
「。私をもとにもどしてくれると言ったが……もうその必要はない。私はこの『悪夢』に満足している。もしも記憶がもどって、神さまに願いごとを叶えてもらえる日が来たら、その願いはたちが、自分自身のために使うんだ。郵便屋だって、そう望むはずだ」
「でも……」
「約束してくれたら、おまえたちの記憶がもどるように、全面的に協力しよう」
はまだ迷っていたが、
ベルナデットの晴ればれとした笑顔を目の当たりにしては、こくんとうなずくしかなかったのだった。