おねがい(d)


森へと引き返しながら、は神さまに言った。

「……かーみさまっ」
「な、なんだよ……?」

神さまは、にこにこ顔のを見て、思わず後ずさった。
そんな神さまに、が笑顔のままにじり寄った。

「これからわたし、神さまのお願いを聞くんですから、もちろん、それなりの代償は払ってくれますよね?」

の言葉に、神さまはおどろいたようだった。

「え、ええ……!? そ、それは……」
「だって、こんな一方的な取り引きなんて、不公平ですよね? さあ、はやくみんなを悪夢から覚ましてください!」
「いや、さすがにそこまではできないけれどさ……」

神さまはうんうんとうなって悩み、そのあとふう、とため息をついた。

「……ベルナデットは、自分がどんな願いを叶えてもらったのか、覚えていない。……あした、ベルナデットが目を覚ましたときに、ベルナデットの記憶を一部だけもどしてあげよう。もどった記憶からベルナデットがなにを語るも、それは彼女の自由だけれど、……うまくいけば、キミたちの記憶を探る、手がかりになるかもね」
「さすが神さま! ありがとうございます!」

は手をたたいてよろこぶと、それから首をかしげた。

「でも……そこまでしての『お願い』だなんて、いったい森で、なにが起きたっていうんですか? 森の神さまでさえ対処できないことを、わたしなんかがどうにかできるのかな……」
「ダイジョーブ。にならできるって俺、信じてる!」

無責任にもそう言うと、おもむろに神さまが手を差し出した。

「……さて、この先は森だ。めんどうだから、手を出して」

話しながら歩いているうちに、いつの間にか森の入り口にもどってきていたようだ。
の足はすでに、森の土を踏んでいる。

言われるままに、は手を差し出した。
そして神さまと手が触れた瞬間、ふわりとからだが浮かぶ感覚があり、つぎの瞬間には森の奥深くへと足をおろしていた。

『……になんとかしてもらいたいのは……「あいつ」だよ』

神さまは、もうすっかりもとの神さまのすがたにもどっていた。
そして神さまが『あいつ』と呼んだそれは、大きな木の幹にもたれて腰をおろしていた。

顔に奇妙な模様があるものの、すがたかたちはふつうの青年だ。
でも、衣服が変わっている。この街では見たことのないデザインで、なんだか材質も固そうだ。

青年は神さまとを認識すると、にこ、と笑った。
神さまはその笑顔を見て、身ぶるいをした。

『……あいつ、空から降ってきたんだよ。信じられるか、そんなこと? それに俺、神さまなのに、なんでかあいつを森から追い出すことができないんだ。こんなこと、いままでなかったのにさ……、だから、にはあいつを森から連れ出してほしいんだ』
「言葉は、通じるんですか?」
『最初はなにを話しかけても、きょとんとしていたんだよ。でも、なんか次第に、俺の言った言葉をくり返すようになったりして、それがまた気味がわるいんだよ……』

は青年に近づくと、腰をおろしたままの青年に話しかけた。

「えっと……はじめまして。わたし、といいます」

あいさつをされた青年は、一度まばたきをすると、と同じ音の高低で発話した。

「……はじめまして。わたし、"フミ"といいます」
『ぎゃッ!? とうとう名乗りだした!!』

神さまが、おどろいてのうしろへと隠れた。

フミはその反応に対してそわそわと、困った顔をしている。
それから、そっと手をに差し出してきた。

「……握手、するの?」

が聞くと、フミはにこにこと笑顔を返してきた。
はおずおずと、フミの手をにぎってみた。

手袋をしているフミの手は、すこしかたさがある。
それからフミはの手を、そっと自分の左胸へと持っていった。

は手のひらの感覚を意識してみて、はたと気がついた。

「……心臓の音が、しない……」

そしては気がついた。
『これ』は、人じゃあない。キカイの仕掛けで動く人形だ。

はフミを見つめたまま、言った。

「……あなた、もしかして……『ロボット』?」