「いや……、ちがう。あれは、郵便屋さんじゃない」
は目をこらしながら、言った。
彼のすがたは郵便屋とよく似ている……どころか瓜(うり)ふたつだが、様子がおかしい。
笑いかたが、郵便屋のそれとはまったくちがうのだ。
目のまえの彼の笑いかたはどこか、いたずら好きの子どものような笑みだった。
「……あなたが、森の神さまなんだね?」
がたずねると、郵便屋によく似たその人は、ますます深く笑った。
『そうそう、神さまだよ。おどろいたっしょ? 俺、神さまだから、どんなものにもなれるんだ』
そう言うと神さまは、一瞬で『』のすがたに変わった。
神さまはそのまま、ふわりと浮かんで宙返りをした。
『まあ、かたちなんてなんでもいいんだけれど。それで、なに?』
「あの、神さま。わたし、さっきうっかり神さまに『お願い』しちゃったんだけれど、……アウト?」
が小声でたずねて、神さまはため息をついた。
『さすがにあんな小さな願いで、いちいち悪夢を与えてもいられないよ。いまは、代償なしで話を聞いたげる。……まあ、キミたちはちょっと特別っていうのもあるんだけれどね』
「特別って、どういうこと?」
『聞きにきたことは、もっと別のことだったんじゃないの?』
神さまはすう、と目を細めた。
『ホラ、はやくしてよ。生産性のない会話はきらいなんだよ』
とたん、まわりの空気ががらりと変わる。
静電気のようなぴりぴりとした感触が、たちのからだにまとわりついた。
どうやら森の神さまは気が短いようだ。
は、ごくりとつばを飲みこんだ。
「……じゃあ、聞くよ。郵便屋さんとベルナデットにかけられた呪いを、解く方法はないの?」
がたずねると、また神さまは笑い出した。
『呪いじゃないってば、『悪夢』だよ。まあ、ゆめなんだから、目覚めればいいだけじゃない?』
「……! もとにもどる方法が、あるんだ!」
『さあ、それはどうだろうね』
そのとき、が「あ」、と短く声をあげた。
神さまはが夢のなかで見たときと同じ、少年のすがたに変わったのだった。
『実はキミたちからは、代償のほうを先にもらっているんだ。だからキミたちが彼らの目を覚まさせたいと『願う』のなら、俺はキミたちの願いを叶えてやってもいい』
「……じゃあ!?」
『ただし、条件がある』
にやにや、と少年のすがたの神さまが笑う。
『それにはまず、キミたちが目を覚まさないとね。キミたちに与えた悪夢は、もちろん記憶を失うなんてものじゃない。記憶を奪ったのは、キミたちに自分の悪夢を当ててもらうゲームをしてもらうため。自分たちがどんな悪夢を見ているのか、それがわかったらまたここにおいでよ』
「悪夢……」
『……あいつらは、あきらめが早いからつまらないんだよ。郵便屋はあんな調子だし、ベルナデットは結局、自分がなんの願いを叶えてもらったのか、思い出せなかった。だからキミたちには』
神さまはにこ、とかわいらしく笑った。
『悪夢を死にたくなるほどに自覚したうえで、永遠に苦しんでもらわないとね』
あたりがしん、としずかになった。
そんななか、がおずおずとたずねた。
「ねえ、神さま」
『なんだよ?』
「どうして、取り引きの代償は、『悪夢』なの?」
すると神さまは、すこしおどろいたような顔をした。
それからわずかにあごを引いて、言った。
『……それが世界のルールで、俺の役目だから。ルールを破れば、俺のちからはどんどんなくなっていって、やがて消滅する。俺がいなくなればこの森もなくなるし、そのほころびは、みるみる世界中に広がってしまう』
そして神さまは、ちっと舌打ちをした。
『つまらない話をさせるなよ。いまのは忘れろ。……俺はただ、キミたち人間が苦しむすがたを見ることができれば、それでいいんだからさ』