ゆめ(f)


雨のふる森は鬱蒼(うっそう)としていて、不気味な場所へと変わっていた。
黒い木々の影が空を覆って、その隙間からはげしい雨がざあざあとふり注いでいる。

細く頼りない道を歩き続け、セリムは森のなかの、すこしひらけた場所で足を止めた。
セリムのまえには、石でできたほこらがある。

(ここ……、わたしとお兄ちゃんが、はじめて郵便屋さんと出会った場所……)

セリムはフィリーネのからだをおろすと、手を地面についた。

「……助けてくれ……」

いまにも消えてしまいそうな声で、セリムは言った。

「彼女を助けてくれ。どうか……『神さま』」

そのとき、は両手で口をおさえた。

薄暗い森のなかにとつぜん、はだしの少年のすがたが、白く浮かび上がったのだ。
少年の口元は、まるで裂けているかのように、まっ赤に笑っていた。

『……願いごとを、叶えてやろうか?』

雨や森の音など関係なしに、脳に直接響いてくる、少年の奇妙な声。

(なんなの……!? 『あれ』が……神さま!?)

そのとき、ぐりん、と少年の首がこちらを向いて、と目が合った。

『……そこにだれかいるな。……オマエ、ハ……』

声がぐわり、とゆがんで、は思わず身をすくめた。
そのとき、はなにかの影に包みこまれた。

「きゃっ!?」
「……、やっと見つけました」

はっとしてが見上げると、そこにはのことをやさしく抱きしめる、郵便屋のすがたがあった。
くたびれたブレザーを着ていて、にこにこ顔で……、それはのよく知る、いつもの郵便屋だった。

「……神さま、は僕が連れて帰ります」

郵便屋が、わずかに目を細めて、『神さま』に言った。
そして、セリムとフィリーネのすがたを一瞥(いちべつ)すると、に視線をもどした。

「もうだいじょうぶです。……さあ、いっしょに帰りましょう」