ゆめ(e)


気がつくと、は小さな集落で雨に打たれていた。

「……えっ、あれ!? いままで、わたし、フィリーネさんの部屋に……」

あわてて雨から身をかばおうとして、はた、と気がつく。

「雨にさわっても、からだも服も濡れていない……、そっか、これ、ゆめなんだ」

はふう、と安堵のため息をついた。
それからきょろきょろと、あたりを見回してみる。

見たことのない集落だったが、とおくに見える風景はどことなくなつかしかった。

「あの山のかたちに、海の見えかた……、ここってもしかして、ライナスの街?」

そのとき、はげしい雨の音のなかに、人の声が聞こえた。
がそちらに移動すると、小さな家の入り口前で、ひとりの青年と、杖をついた老女が話をしていた。

「僕、探してきます……!」

そう言ってこちらへ飛び出してきた青年は、なんと、あの郵便屋だった。

「郵便屋さん!? どうしてここに?」

郵便屋はに気づくことはなく、そのまま雨のなかを走っていく。
があわてて地面を蹴ると、ふわりとからだが宙に浮いた。

「あ、このからだ、ちょっと便利かも。……って、郵便屋さーん! こんな雨のなか、どこに行くの……!?」

郵便屋は、だれかを探しているようだった。
泥だらけになりながらも集落のなかを駆け回り続けるすがたは、が気の毒に思うほどだった。

「郵便屋さん、今日はもうやめたほうがいいよ! このままじゃ、風邪をひいちゃう!」

が大声で郵便屋に話しかけても、郵便屋の耳にはまったく届かなかった。
そして集落の中央にある広場に差しかかったとき、郵便屋はようやくその足を止めた。

「この家……郵便屋さんの家……?」

が知っている郵便屋の家より、まだずっと新しい。
壁も屋根もきれいで、いまでは傷だらけのとびらだって、しゃんとしている。

そんな家のとびらのまえで、ひとりの少女が倒れていた。
それはきのう、がゆめのなかで見た、あの少女だった。

郵便屋がすぐに駆け寄って、少女のからだを抱き起こす。
少女はゆっくりと目を開けると、ほほえんだ。

「……ああ、セリム。私ね、もう、今日も越せないくらいに具合がわるいということが、わかっていたの」

少女はよわよわしい声で、そう言った。

「だから、最期にあなたの顔が見たかった。望みが叶って、よかった……」

そう言い残して、少女のからだから、ふっとちからが抜けた。

「……フィリーネ?」

おそるおそる、郵便屋……セリムが、少女フィリーネに声をかけた。
フィリーネはもう、だらりと腕をたらしたまま、動かなかった。

セリムはフィリーネを抱きしめたまま、言った。

「……どうして? あしたはきみの、誕生日なのに」

セリムは、それからふ、と抱きしめるちからをゆるめると、

「そうだ、きみに渡したいものがあったんだ。ほんとうはあした、渡したかったんだけれど……」

ポケットのなかからなにかを取り出した。

それは、花のかたちをした髪飾りだった。
花の中央には、小さな宝石が埋めこまれている。

セリムはその髪飾りを、フィリーネの髪にそっとつけてやった。

「……思ったとおり、やっぱりきみに似合うよ。……フィリーネ」

しかし、フィリーネの瞳がふたたび開くはずもない。
セリムはじっと彼女の顔を見つめたあと、うつむいた。

「……郵便屋さん……」

がつぶやいた。

セリムの肩がふるえていた。
雨と泥に混じって、セリムは声を殺して泣いていたのだった。

やがてセリムはフィリーネのからだに自分の上着をかけた。
そして彼女を抱きかかえて立ち上がると、雨のなかを今度はゆっくりと歩き始めた。

セリムが向かったのは、あの森だった。