推移(h)


「六路木玲花が、どうしてここに? いや、でも……」

鷲村は、見るからにとまどっていた。
しかし、すぐにその目を細めると、新弥のうでをにぎっていた手に、ちからをこめた。

「いたっ……」
「おまえにうらみはないが、……タイミングがわるかった」

その声に、ほんのわずかににじみ出る、あわれみの色。
新弥はその声を聞いた瞬間、自分に避けられない未来がおとずれることを、はっきりと予感した。

……もしかすると、それはすでに起こったことだったのだろうか。

目のまえでは、なにもかもがゆっくりと、
まるでスロー再生のようにものごとが展開していた。

鷲村が血のついたままのナイフを構えなおし、自分の首もとにあてがう。

ナイフの感触は、しなかったと思う。
音も聞こえなかった。

でも、六路木さんがこちらに向かって、なにかさけんでいるのが見えた。
西森先輩もあわてたようすで、宮下先輩はこちら側に向かって手をのばしている。

………、

そのあと、ふっと映像がとぎれて、しずかになった。
まっ黒な暗闇のなかで、耳もとが冷たい水につかったみたいに、ひんやりと冷たくなる。

……そっか、やっぱりここで、僕は死ぬのか。
なんだ、僕は幸福だったじゃあないか。

常に未来を心配しながら生きていくよりも、
だれにも看取られずに孤独に死んでいくよりも、ずっと幸福な最後だった。

そして新弥は、自分と友だちでいてくれた、朔之介のことを思い出した。

さっくんは、きっと悲しむだろうな。
……こころ残りがあるとすれば、そんなさっくんのすがたを見届けることができなかったことくらいだろう。



まもなく新弥は、まるでふっと魂が抜けたように、その場に倒れた。

血だまりが、床にじんわりと広がっていく。
新弥の着ていた白い夏服が血を吸って、みるみるうちに赤色に染まっていった。

蒼太はあぜんとその光景を目の当たりにしていた。
緋色はというと、新弥のことを見つめてはいたが、その目はなにか、もっととおくのものを見つめているかのようだった。

玲花が新弥に駆け寄った。
血だまりのなかにひざをつき、新弥の顔をのぞきこむ。

新弥はもう、息をしていなかった。
目は見開かれて、焦点が合っていない。

玲花はくちびるをきつくかむと、新弥の目を閉じてやる。
そんななか、この教室にもうひとり、だれかが入ってきた。

「六路木玲花、なかなかやるな。やはり、ここに来ていたか」

それはあのネコ耳帽子の探偵、深神だった。