取材(h)


それまでカップに視線を落としていた深神は、顔をあげて玲花を見た。

「なぜ、その人物を探そうと?」

玲花はすこしのあいだ、考えた。

言うべきだろうか、正直に?
マスメディアや会社がそうであったように、この探偵もだれかから圧力をかけられて、調査を妨害されたとしたら?

玲花は悩んだすえに、きゅ、と膝の上でこぶしをにぎった。

「……ごめんなさい。あまりくわしくはお話できません。でも、その人に聞きたいことがあって」
「ふむ。ならば私に、なんでも話したまえ」
「……ですから、あなたではなく『姫野ミカミ』に……」

そのとき、玲花ははた、と動きを止めた。

待って。
彼はさっき、『深神』と名乗った。

ミカミ。
……姫野『ミカミ』?

「……記者にしては、気づくまでにずいぶんと時間がかかったな」

くつくつと笑いながら、深神は足を組んでソファに深く座り直した。
玲花は、動揺しながらもたずねた。

「……あなたが、『姫野ミカミ』なの? それに、どうして私が記者って……」
「だてに探偵はしていないぞ。……一般人が探偵に頼るときは、たいていの場合、感情があらわになっているときだ。 怒りや不安、おびえ……、そんな感情のうずのなか、わらにもすがるような思いでたずねにくるものだ。 しかしきみは、この事務所に入ってきたときに、まずは事務所の内部を観察できるほど、冷静だった。 ……それにそもそも、ただの依頼者はそんな当たりまえのようにメモ帳はかまえないぞ」

言われて、はっとして玲花は手もとを見た。
いつものくせで、自分でも気づかないうちにメモ帳を取り出していたらしい。

玲花はむう、とふくれると、メモ帳を閉じた。

「……でも、私だってだてに記者はしていません。あなたは平気でうそをつける人です」

そして玲花は、まっすぐ深神を見つめた。

「高校を卒業したあとの姫野ミカミの情報は、まったくといっていいほど存在しませんでした。 せっかくの高校時代の知名度をあっさりと捨てて、あなたは名前を変えてこうして生きている。 ふつうの人ならそんなことをしないし、する必要もないはずです」

玲花のその思考の切りかえのはやさに、深神は一瞬だけ大きく目を開いたが、すぐにもとの表情にもどった。
そのあと、帽子のつばをわずかに上にずらしてにやりと笑った。

「ふむ、……おもしろい記者もいたものだ」