D棟の空室 -- 05


それから数分後、現場に警察が到着した。
ミカミ、日高さん、そして雀さんと僕は、D棟から少しはなれた場所で、それぞれ事情を聞かれた。

あっというまに時間は過ぎていき、僕が気がついたときには、もう夕方になっていた。
僕たち以外の生徒たちは午後の授業もなくなり、すでに集団で帰らされていた。

縫針先生が亡くなって、僕がまず気になったのは、娘のかなでちゃんはどうなるのだろう、ということだった。
警察の人にたずねてみると、となり町に住んでいたかなでちゃんの祖母が、しばらくは縫針先生の家でかなでちゃんとチャコの面倒めんどうを見るらしいということだった。

いまはもう、その祖母といっしょにかなでちゃんも家へと帰ったらしい。
それを聞いて、僕はひとまず安心した。

やがて事情聴取を終えた僕とミカミは、帰り道をしばらくふたりで歩いていった。

「明日、高等部は自主登校だってね」
「そして初等部と中等部は休み、か。まあ、妥当なところだな」

雀さんと日高さんは、僕たちより少し前に帰っていった。
日高さんは相当ショックを受けていたようだったから、もしかすると明日は学校を休むかもしれない、と僕は思った。

「彩人は明日、学校に来るんだろうな?」
「そのつもりだよ」
「それならよかった。彩人と話をしたいことはまだ山ほどあるが、もう18時を過ぎている。
2日連続で音羽おとはを待たせるのはわるいからな」

音羽とは、僕の小学1年の妹の名前だ。
母が病院に入院しているいま、僕は音羽とふたり暮らしをしているのだった。

「それでは、また明日」

ミカミはそう言うと、僕に背を向けて去っていった。



ミカミと別れた僕は、ぼんやりとしながら、いま住んでいるマンションへと帰ってきた。
建物自体はおおきいけれど、ずいぶん古いマンションで、家賃が安い。

僕は階段をのぼり、自分の部屋の玄関の鍵を開ける。
しかし、扉を開けても、部屋の電気がついていなかった。

「……また、おとなりさんの部屋におじゃましているのか」

僕は玄関を出ると、となりの部屋のチャイムを鳴らした。

「はあい」

そう返事をして出てきたのは、おとなりの奥さん、黒宮さんだった。

黒宮さんは、長い黒髪を後ろでひとつに結び、エプロンをしている。
おそらく夕食の支度をしていたのだろう。

彼女には、音羽よりも3歳上の娘、紅葉もみじちゃんがいて、紅葉ちゃんはよく音羽の遊び相手になってくれた。
ふたり暮らしをしている僕たちのことをなにかと気にかけてくれて、甲斐甲斐かいがいしく世話を焼いてくれる、やさしい人だった。

「彩人くん、おかえりなさい。……音羽ちゃーん、おにいちゃんが帰ってきたわよ?」

そう言って部屋の中に声をかけると、音羽がぱたぱたとやってきた。

「おかえりなさい、おにいちゃん」

そして、ぎゅ、と足元に抱きついてくる。

音羽は僕とは違い、公立の小学校に通っている。
彼女は紅葉ちゃんと同じ学校がいいと言って、自ら公立の小学校を選んだ。

正直、公立の小学校を選んでくれて、僕はかなりほっとした。
月見坂学園の初等部に通わせるには、お金がとても足りなかったのだ。

僕は黒宮さんに頭を下げた。

「すみません、いつもお世話になってしまって」
「いえいえ、私のほうが助かっているくらいよ?
お夕飯の支度をしているあいだ、音羽ちゃんがうちの子と遊んでいてくれるから」

黒宮さんはそれから、ふと窓の外に目をやった。

「それにしても、なんだか今日はサイレンの音が多くて、こわいみたい。なにかあったのかしら?」

その言葉で、僕はすっかり現実にもどされた気がした。

あれは、現実に起きたこと。……縫針先生が、殺された。
あの光景は夢だったと、どこかで僕は思いたかったのかもしれない。