月見坂学園のとなりには、雑木林が広がっている。
その雑木林のすこしひらけた場所に、近所に住む老人が小さな畑を作っていたことを、僕は思い出したのだった。
「その畑で、たしか今年はキャベツを作っていたんだ。
でも、その人は自分が食べるぶんしか収穫しなかったみたいで、まだ畑にキャベツが残っているんだよね」
「キャベツはニワトリの大好物なの。もしもニワトリがそれを見つけたら、きっと食べると思う……!」
顔をぱっと輝かせた日高さんとは対照的に、ミカミの表情はいぜん、むずかしいままだった。
「……雑木林があることは私も知っている。しかし、こちらと向こうのあいだには、フェンスがあるだろう。
たしか土地が低い雑木林のほうにフェンスが建てられていて、動物が入りこめるような隙間もなかったはずだ。
一度正門から出て向こうにまわりこむには距離があるし、その知恵がニワトリにあるかどうか……」
「そこなんだよ。……実はまわりこまなくても、雑木林にはいけるんだ」
僕の言葉に、ミカミと日高さんが顔を見合わせた。
僕はそのようすがおもしろくて、思わずふきだす。
「たいしたことじゃあない。……ただ、そのフェンスに穴が空いている場所があるってだけさ」
この学園に通っていれば一年もしないうちに、それとなく知ることになる事実のひとつだ。
人がひとり通れるほどの穴が、草葉のかげに隠れるようにして空いているのだ。
その穴は遅刻した生徒がこっそりと学校に侵入したり、
逆に不良生徒が抜け出したりすることに使われている、ある意味学園のみんなが共有しているひみつの通路だった。
「ふたりはこの春からこの学園にやってきたから、まだ知らなかったんだね。
いい機会だし、僕が案内するよ。知っていると、なにかと便利だし」
そして僕は、ふたりをその通路まで連れて行った。
「ほんとうだ。こんなところに、穴が空いていたなんて……」
フェンスの穴を前にして、日高さんが感心したようにつぶやいた。
そんな日高さんの肩を、僕はたたいた。
「日高さん、あそこ」
僕が指差したフェンスの向こう側には、小さなキャベツ畑があった。
収穫されずに放置されたキャベツの葉は開ききっており、黄色の花を咲かせている。
そしてそのキャベツの葉を、二羽のニワトリがついばんでいたのだった。
「おーい、ニワトリくんたち!」
日高さんがニワトリたちに声をかけた。
ニワトリたちは日高さんのすがたを確認すると、大急ぎでフェンスの穴をくぐり、日高さんのもとへと駆け寄ってきた。
「なあんだ。あなたたち、私のことを嫌っているわけじゃあなかったのね」
足もとにやってきたニワトリを見て、日高さんは笑った。
「でも、人の畑のお野菜を食べちゃダメ。さ、おうちに帰ろ?」
二羽のニワトリは、日高さんの言葉に返事をするかのように、「コココッ」と小さく鳴いた。