まちがい電話(b)


ロビーの椅子に腰をかけてひと息つくと、ナツが再びいたるに話しかけた。

「いたるのそれ、スマートウォッチ?」

ナツが指をさしたのは、いたるの左手首だ。
一見はただの腕時計のように見えるが、時計の盤面の代わりに小型のディスプレイがついている。

いたるもスマートウォッチに視線を落としながら言った。

「うん、1ヶ月くらいまえに買ってもらったんだ」
「かっけー! それって時計だけじゃなくていろんな機能がついているんだろ? 電話もかけたりできるのか?」
「そうだね。スマホの電話番号をシェアしているから、スマホでも時計でも、同じ番号で電話を受けることができるよ」
「よくわかんないけど、すげー……!」

感動するナツをよそに、いたるは顔をくもらせた。

「でも、ちょっと……、最近、悩みごとがあって」
「なんだ!? オレでよければ力になるぞ!」

がぜん、ナツは張り切り出した。
開きかけていた本はすでに閉じてしまい、身を乗り出している。

いたるは、ぽつりと言った。

「最近、まちがい電話が多いんだ」
「まちがい電話?」

ちょっと拍子抜けしたように、ナツが肩を下げた。

「まちがい電話なら、オレも何度か受けたことがあるぜ。たいてい、こっちが名乗ると向こうが謝って電話がきれるけど」
「うん、ぼくも今回がはじめてではないよ。でも……この1ヶ月、もう5回だ。それに……」

いたるが悩ましげに眉をひそめる。

いたるが悲しそうな顔をすると、そのまま泣いてしまうのではないかとナツはいつも心配になる。
ナツは自他ともに認める大ざっぱな性格だったが、いたるはナツとは対照的で、どこか儚げで、繊細な印象を与える男子だった。

「全員、同じことを最初に聞いてくるんだよ。『もしもし、イクマさんですか?』って」
「それは……」

ナツもいたるにつられて、眉をひそめた。

「いたると『い』しか合ってないじゃん」
「……うん。それに、電話をかけてくる人も毎回違うんだよね。男の人だったり、女の人だったり、場所も東京からだったり北海道からだったり」
「その人たちが全員、いたるの番号と『イクマさん』の番号をまちがえているのか……」
「そうなんだ。番号が似ているのかなぁ」

そのとき突然、いたるのスマートウォッチが鳴り出したので、ふたりはぎょっとした。
いたるがポケットからスマートフォンを取り出すと、そちらにも同じように電話がかかってきている。

「また知らない番号だ」
「オレに貸して」

ナツはいたるからスマートフォンを受け取ると、電話に出た。