まちがい電話(a)


東京屈指の繁華街、池袋。
……から、バスで数十分ほどのところにある「たまをの町」は、池袋の喧騒とはまた違う種類の活気に満ちた町だ。
駅前にある商店街に始まり、アトリエや隠れ家的カフェ、バーなども多く点在していて、住宅街と緑が多い。

そんなたまをの町に住む小学5年生の白河ナツは、友人の犬嶋周(いぬじま・いたる)と図書館を訪れていた。

たまをの図書館は文化会館内に併設されていて、天井が高く、なかなかに広い。
館内の明かりは、天窓と中庭に面したガラス張りの窓から入る日光を頼りにしていて、蛍光灯よりは薄暗い印象を与えているものの、本を読むにはちょうどよい明るさだ。

普段よりも人が多いのは、いまが夏休みだからだ。
ナツたちのような小学生くらいの子供たちと、その親たちの姿がちらほらと見える。

「いたるは何の本を借りるんだ?」

ナツが小声でいたるに話しかけた。
そういうナツの視線は、「課題図書」と書かれたワゴンに注がれている。
小学校の夏休みの課題のひとつである、読書感想文コンクールの課題になっている本が並べられたワゴンだ。

いたるはというと、少しもじもじしながら、遠慮がちに言った。

「実は……、読書感想文の宿題、もう終わっちゃってて……」
「えっ!?」

ナツは思わず大きな驚きの声をあげ、あわてて口もとに手を当てた。
図書館で大声を出すのはマナー違反だからだ。

ナツは声のトーンを落として言った。

「……先に言ってくれればよかったのに」
「でも、ナツくんとゆっくり本が読みたかったから」

そう言って、いたるは自分のカバンをぽんと手のひらで叩いた。

「読みたい本も、もう借りてあるんだ。電子書籍だけど」

電子書籍とは、パソコンやタブレットで閲覧できる本のことだ。
たまをの図書館では電子書籍を取り扱っているという張り紙を、ナツも見かけたことがあった。

ナツは首を傾げた。

「電子書籍って、図書館に来なくても借りられるのか?」
「うん、そうだよ。インターネット上に電子図書館があるんだ。読みたい本が貸し出されるまえにと思って、先に借りちゃった」
「いたるはすごいなー。オレ、いまだに学校のタブレットですらよくわかってないもん」

それからナツは、一冊の本を手に取った。

「これに決めた! ちょっと借りてくるから待ってて」

ナツは足早に貸し出し受付に向かった。

館内には閲覧席があって、そこに座るには利用者名簿に記名しなければいけない。
中庭の景色を眺めながらゆっくりと読書ができる閲覧席はまさに贅沢な場所ではあったが、

「おまたせ! それじゃ行こうぜ」

もどってきたナツは、本を片手に図書館の出口を指差す。

図書館内での長話は禁物だ。
それでもナツといたるはずっとおしゃべりを我慢なんてできない。

そこで図書館を出たところ、広いロビーにある長椅子に座って、本を読みながらおしゃべりもしようと、ふたりはあらかじめ決めていたのだった。