『もしもし、イクマさんですか』
若そうな男の声で、電話の相手がそう言った。
いたるから聞いた通りだ。
ナツはいたるに目配せすると、答えた。
「ちがいますけど」
すこし間を置いて、電話の相手が言った。
『……そうですか、すみません。まちがえまし……』
「ちょっと待ってください!」
ナツはあわてて引き留めた。
このまま通話を切られてしまうと、なにもわからないままだ。
ナツは相手の返事を待たずに一気に続けた。
「こういうまちがい電話、いろんな人から何件もかかってくるんです。その『イクマさん』ってだれなんですか?」
電話の相手はすこし考えたようだったが、丁寧に対応してくれた。
「まず、俺がかけたのは××××って番号なんですが、合ってます?」
いたるの電話番号のしも4桁はいたるの誕生日と同じだから、ナツも覚えている。……全然違う番号だ。
「違い……、ます」
『でしょうね。同じ番号でまえは『イクマさん』に繋がっていたんですから。しかしいまは、音声ガイダンスもなく、直通であなたにかかります』
ナツの頭が混乱した。
「違う番号なのにどうしていたる……あ、いや、どうしてこの電話にかかってくるんだよ」
『わかりません』
電話の男はそう言うと、
『イクマさん、フルネームはイクマフウタ』
ためらう様子もなく、男は「イクマさん」について語り始めた。
『都内に住む19歳の男性です。いくつかのヤミ金から借入があります。あなたの電話にかけているほかの皆さんも、おそらくそういう関係ですね』
「……ヤミ金?」
ヤミ金とはたしか、借金をさせて、通常よりも多めにお金を返してもらうという悪い業者のことのはずだ。
「そういう関係」ということは……
『つまり、借金の取り立ての電話です』
そしていまナツと話している男もまた、「取り立て屋」ということとなんだろう。
とたんに怖くなってきたナツの気持ちをよそに、電話の男は淡々と続けた。
『こういう電話は、これからもかかってきますよ。悪いことは言わないので、すぐに電話番号を変えたほうがいいです』
「……警察に行ったほうがいい?」
『警察……、まあ、そうですね。それもアリかと』
相手がすこし言いよどんだのを聞いて、ナツはしまったと思った。
相手がヤミ金の関係者なら、この人も悪い人だ。警察の名前を出されて、いい気はしないだろう。
自分やいたるが、この「悪い人」に報復されたらたまったもんじゃない。
「教えてくださってありがとうございました」
ナツが話を切り上げるために早口でそう言うと、
『いいえ』
相手は特に気にした様子もなく、そのまま通話が切れた。