午後。
「ナツ」と待ち合わせをしている喫茶店で、いたるは緊張しながら椅子に座っていた。
いたるはコップを触ったり、水を飲んだりと落ち着きがない。
片耳には、封太から渡されたマイク付きのワイヤレスイヤホンをつけている。
『いたる、聞こえるか? 聞こえたら前髪を触ってくれ』
イヤホンから、封太の声が届いた。
いたるは言われた通り、自分の前髪に触れた。
『よし。これ以降、こちらがなにを言っても反応はしなくていい。いたるのことは見えている』
うっかり頷きそうになるが、いたるは眉間に力を入れて我慢した。
「犯人のほうが店に入る前にいたるさんに気がついて、尻尾を巻いて逃げ出すなんてことはないですかね」
奥の席に座り店内を見張りながら、一水は対面の封太に話しかけた。
いたるの気が散らないように、現在はミュートにしてある。
封太はメニュー表で顔を半分隠しながら、言った。
「外からは見えにくい位置を選んだ。店には入ってくると思うが……、一水さん、ここ数日はいたる周辺のことを探っていたんだろう」
「なぜですか?」
「いたるが学校の帰りに一水さんと会ったと言っていたし、学校の近くで不審者情報も出ている。
相手をネットで釣って出会おうとする犯人は、わざわざ学校の近くをうろつかない。逆に一水さんが、不審者を見過ごすはずもない。つまり不審者とは一水さん本人か、龍臣さんだ」
「……不名誉な名指しですね」
「とにかく、一水さんもいたる同様、すでに犯人の顔を見ている可能性があるということだ。注意深く観察していてくれ」
それからしばらく、封太は店の入り口を、一水は店の外を見ていた。
やがて一水がひとりの通行人に視線を止めた。
「あれは……」
その人物は、喫茶店に入ってきて、店員となにやら会話をした。
そしていたるのほうを見て、目を見開いた。
いたるのほうも、その男に気がつき、声をあげた。
「柴木……先生?」
──店に現れたのは、いたるのクラスの担任、柴木桂吾だった。