この時間に、ナツがログインしてくるのを見るのは初めてだ。
それにナツは小学生だと自称していたが、小学校ではすでに授業が始まっている時間だ。
どうやって言い訳するつもりだ、と封太が考えていると、ナツがチャットで話しかけてきた。
『たすけてください。かんきんされています』
封太は瞬時には事態が飲み込めず、文章を3回読み直した。
かんきん?
ゲームにそんな用語があっただろうか。
ナツの言葉が続く。
『かげつあさひといいます。男の人につかまっています』
時間が止まったように感じた。
数秒後、ようやく脳に酸素が行き渡るような感覚があって、封太は大声をあげる。
「……一水さん!!」
一水が驚いて封太の顔を見た。
「……なんですか?」
「この子が、あさひと名乗っている」
「……はァ??」
一水が腰を浮かせた。
封太は画面を凝視したままチャットを打つ。
「朝陽さん。一水さんを知っている?」
『はい。おとうさんのぶかのひとです』
隣に立った一水に、封太はパソコンのチャット画面を見せた。
「香月朝陽本人だ」
「いま、どこにいるのか聞いてください」
一水の声がわずかにうわずる。
封太が朝陽に質問をすると、『わからない』と返事がきた。
『気がついたらここにいました。窓がなくて、すごく暗い。ランタンみたいなあかりだけついてる』
「あとどのくらいチャットをする時間がある?」
『けっこうあると思います。男の人は夕方を過ぎないと帰ってこない。でも充電が半分もありません』
封太はひと息ついた。
ただ、悠長にはしていられない。
「ログインしたまま充電が切れるとまずい。10分後を目安にログアウトしてほしい」
『わかりました』
「その場所がわかるようなことや、犯人についてわかりそうなことはあるか?」
『男の人とはフレイヤ・オンラインで知り合いました。相手は小学生のふりをしていて……、会おうということになって。池袋で会ったら、大人の男の人でした』
封太は顔をしかめてつぶやいた。
「気持ち悪い犯人だな」
朝陽のテキストが続いていく。
『お茶をしていたら眠くなって、起きたらここにいました。本がたくさんあって』
「図書館のような?」
『ううん。そんなにはない。男の人が用意したものだと思うけれど、10冊くらい。
昨日の夜は、男の人がここでフレイヤをプレイしていました。でも、途中ですることがなくなったってゲームをやめて、そのあとは本の感想を聞かれたりして、そのうち男の人が寝ちゃって……』
封太は昨日の夜のできごとを思い出す。
フータがゲームを離席すると言ったら、ナツはすぐにログアウトしていった。
ということは、ナツの目当ては「小学生のフータ」だったということか?
チャット画面に新たにふきだしが現れる。
『朝になって、あわてたようにここを出て行きました。そのときにこのゲーム機を忘れていったんです』
封太はパソコンでプレイしているが、フレイヤ・オンラインはクロスプラットフォーム対応だ。
パソコンでも、スマートフォンでも、ゲーム機でも無料でプレイができる。
朝陽が犯人の残したゲーム機でログインしてきたということは、逆を言えば他に通信機器……パソコンもスマートフォンもない部屋なのだろう。
ブラウザにアクセスできないタイプであれば、ゲーム機から直接、警察に通報することもできない。
つまり朝陽にとっては、この瞬間が外の世界と繋がることのできる、最初で最後のタイミングなのだ。
「その部屋で、ほかに置いてあるものは?」
『工具みたいなものと、サービスワゴンみたいなものがいくつかあります。小さなタイヤとかも並べられていて……』
「マネキンはあるか?」
『え? マネキンですか? ない……と思います』
封太は確信めいたように一度頷いて、一水を見た。
「大体予測がついた。あとはこちらのターンだ。一水さんからかけておきたい言葉はあるか?」
「……いえ。まずは朝陽さんを助けないと」
一水が驚きつつもそう答えて、封太はすぐにチャット画面に戻った。
「朝陽さん。私が小学生のふりをして、明日、彼を誘き出そうと思う。
そのときを見計らって、あなたをそこから救い出す。安心してくれていい」
『わかりました』
それから別れの挨拶をして、朝陽はログアウトした。