いたるの頭の中が、「?」で埋め尽くされた。
思考が止まったが、いたるはなんとか声を出した。
「ちがう。ぼくは、ナツじゃない」
女子児童たちが、いたると真夏の顔を見比べながら、くすくすと笑って通り過ぎていく。
その様子に赤面しながらも、いたるは真夏に尋ねた。
「どういうこと? 真夏くん、なりすましの『ナツ』を知っているの?」
「……うん。僕のギルドにいるんだ、そいつ。あ、じゃあいたるくんが『フータ』さん? 僕、『めいぷる』って名前でプレイしているんだけれど」
「あ、ごめん。ぼくはプレイしていないから、そこらへんはちょっとよくわからないんだけれど……」
いたるに言われて、真夏は目に見えて落胆した。
がっかりと肩を落とす真夏を見て、いたるは慌てて言った。
「えっと、でも『フータ』はぼくの友だち! ぼくはそのフータから事情を聞いたんだ」
「そうだったんだ! フータさんが身近にいるって、なんだか嬉しいな」
真夏はぱっと笑顔になって、ニコニコ顔になった。
それから再びはっとして、慌てていたるの口元に自分の人差し指を当てた。
「……待って。ということはなりすましの犯人は、学校にいるかもしれないんだよね?」
「う、うん」
「それならこの話は、学校でしないほうがよさそうだね。詳しくはまたあとで教えて」
いたるがこくりと頷いたところに、担任の柴木が歩いてきた。
「おはようございます。そろそろホームルームを始めますから教室に入ってください」
「「はーい」」
いたると真夏、ふたりの返事が重なった。
朝の9時、5分前。
約束通り、一水が封太の部屋へとやってきた。
封太の部屋に、椅子はパソコン用のものしかない。
部屋の真ん中に置かれたテーブルは冬にはこたつになるタイプのもので、座布団が3つ。
これはいたるとナツがよく遊びにくるようになって、あとから2つ増やしたのだった。
一水はそこには座らず、さも当然のように封太のベッドにどかりと腰を下ろした。
封太は文句を言いたげに口を尖(とが)らせたが、一水は気にせず話をした。
「まず、ウルリカは特定しました」
「なっ」
封太が驚いた。
「その……きみの所属している海嶽会とやらは、そこまでの情報網があるのか?」
「いえ、これは単なる偶然です。イクマさんみたいな人がうちにもいるんですが、その人に調べさせようとしたら、ウルリカ本人でした」
「ウルリカが、反社だったと? ……というか私みたいとはなんだ」
「インターネットの虫のような人のことです。ウルリカは海嶽会の構成員の血縁ですが、彼女は反社としての活動はしていませんし、未成年です」
「……ウルリカは、海嶽会から罰を受けるのか?」
封太は心配そうに一水の顔色をうかがった。
元はと言えば、自分が告げ口のようなことをしてしまったせいでウルリカの正体がばれたのだ。
封太には少なからず罪悪感があった。
「あの子の情報収集能力は伊達じゃない。裏取りもしっかりしているし、情報屋の才能があるぞ」
それに対して、一水の表情は変わらない。
そもそも、一水は大体いつも同じ表情だ。
もっと言うと、口元だけでわずかに微笑んでいるか、ブチギレているかのどちらかだった。
「多少叱られはするでしょうが、罰というほどでもありませんよ。
ウルリカは彼女なりに情報を集めようとしたか、誘拐犯を誘(おび)き出そうとしたんでしょう。
誘拐された小学生、香月朝陽(かげつ・あさひ)は彼女の友だちですから」
「その香月朝陽も、海嶽会に関係する子どもということだったな」
「はい。俺は海嶽会では若中といって、まぁ雑用係みたいな感じなんですが、もうひとつ兼任しているのが海嶽会の直参、香月一家の若頭補佐なんです。
香月朝陽は香月一家の総長であり海嶽会幹部である人の娘なので、俺からしたら上司の娘が行方不明になったって感じですね」
「自分から失踪したという線は?」
「なくはないですね。出かけたきり帰ってきていないという話なので」
「ふむ……」
そこで一水がちらり、と封太のパソコンに目をやった。
パソコンの画面にはもちろん、フレイヤ・オンラインが映し出されている。
半ば呆れたように、一水が言った。
「朝からゲームをしているんですか?」
「いや、これは仕事なんだ。依頼主の代わりにゲームをプレイするっていう……」
封太が言い訳をしていたとき、ギルドの集会所にメンバーがひとり、ログインしてきた。
思わず封太が叫んだ。
「──ナツだ!」