米坂の画廊(b)


そんな話をしているうちに、ぼくたちはようやく米坂邸に着いた。

招待状にあった画廊は、米坂邸の敷地のなかにあった。
画廊は小さな喫茶店のような、ひかえめなたたずまいで、屋敷のとなりに隣接して建てられているのが見えた。

「門……開けっ放しだけれど、勝手に入っちゃっていいの?」
「そりゃ、こっちには招待状があるんだからいいだろ」

白河くんはそう言うと、米坂邸の敷地に足を踏み入れた。
そのままずんずんと先に行ってしまうので、ぼくはあわててそのあとを追いかける。

画廊までの道には、赤茶色のレンガだたみが敷いてあり、その周囲には青々とした芝生(しばふ)や、ハーブのような植物が植えてあった。 そのようすが、まるで異国の庭園のようで、ぼくは庭の道を歩くだけでも、なんだかどきどきした。

道の終わりに、画廊の入り口があった。
とびらは木製で、アンティーク調だ。「Open(オープン)」と書かれたプレートが、とびらにかかっている。
……画廊を開く趣味や、庭の雰囲気から見ても、米坂さんはもしかすると、古美術品のたぐいが好きなのかもしれない。

白河くんは木製のとびらをそっと押した。
とたん、なかから新しい建物と古物特有のにおいが混じりあった空気が鼻をかすめて、ぼくは思わずむせ返る。

白河くんは慣れたようすで、受付のお姉さんに招待状を手渡した。
お姉さんがこちらを見てにっこりとほほえんだので、ぼくもあわてて会釈をする。

白河くんはぼくのとなりにもどってくると、むずかしい顔で首をひねった。

「どうしたの、白河くん」
「……いや、なんだかあの人、どこかで見たことあるんだよなあ……、どこでだったかな……」

しかし、白河くんはすぐに気を取り直したようで、

「ま、いっか。さあ、じっくりと見て回ろうぜ、牧志!」

『じっくり』の部分をやけに強調しながら、ぼくの背中をばしんと叩いた。



ぼくには、絵画のよしあしはわからない。
でも、実際に絵画の前に立ってみると、額縁の窓から向こう側の世界をのぞき見ているようで、ふしぎな気持ちになった。

画廊には、抽象的な絵画が多く展示されていた。
額縁のしたには、どれも作者の名前と絵画の題らしきものしかなく、よく美術館などで見かける絵の解説のようなものはなかった。

白河くんがそっと耳打ちをしてきた。

「……サバトの絵は、ここにはないみたいだ」
「こんな一瞬のあいだに、見ただけでわかるの?」
「ああ。オレには、サバトの絵は光って見えるからな」

そんな本気とも冗談ともつかないようなことを、白河くんは真顔で言った。

「……『隠された』って言葉を信じるなら、画廊には展示されていないと思うな」

ぼくは言って、そっとあたりを見回した。

画廊にはぼくたちのほかに、ひとりの女の子がいた。
女の子は夜空を編みこんだかのような黒色の髪を一本の三つ編みにしていて、むらさき色の大きなリボンをかざっている。
ふわりとした質のよさそうな布地の衣服に、皮のブーツ。
年はぼくたちと同じようにも見えるし、そうではないようにも見えた。

その女の子は絵画を見ているわけでもなく、休憩用の椅子に腰をかけて、ただ本を読んでいる。

なんとなく、ぼくはその子がこちらを見ていないことを確認してから、画廊の奥のとびらにちらりと目をやった。
とびらの前には、立ち入り禁止を示したポールが立てられている。

「あのとびらの向こう……、そとから見た感じだと、本邸につながっていそうだね」

ぼくが言うと、白河くんはほんとうにさりげない動作でそのとびらまで歩み寄っていった。
ぼくが思わずなにか言おうとするのを目で制し、白河くんはそっとそのとびらを開けた。

そのとたん、大きなドアベルの音が画廊に響き渡った。