米坂の画廊 -- 01


白河くんは、学校まで自分を迎えに来ていた車を追い返すと、ぼくといっしょに米坂邸の画廊まで歩いた。

今日は天気もよくて、少し暖かい。
路上では、脱いだ上着を手に持って歩いている通行人の姿も、ちらほら見かけられた。

「……白河くん、あの招待状はどうやって手に入れたの?」

おだやかな街の中を歩きながら、ぼくは白河くんにたずねた。
クレープ屋の看板を横目で見ながら、白河くんは言った。

「米坂家はもともと、白河とつながりのある貧乏貴族なんだ。
それで最近、あの招待状が家に届いていたことを思い出してさ」

白河くんの家から盗まれたという『サバト』の絵画は、 白河くんにとっても白河家にとっても、大事な一枚だった、と白河くんは言った。
そんな『サバト』がらみの事件の犯行予告がぼくの元に届くというのも、たしかになにかの縁なのかもしれなかった。

「なあ、牧志。……さっきはつい、軽く流しちゃったけれどさ……」
「……?」
「進路のことだよ。牧志は卒業したら、ほんとうに就職するつもりなのか?」

とつぜんなにを言いだすんだろう、と、ぼくはまじまじと白河くんの顔を見てしまった。
白河くんは口をとがらせながら言った。

「オレ、……牧志とおんなじ大学に行けたらいいなーって、思っていたのに」

それはなんだか、とても魅力的な未来に思えた。
しかしぼくは、もちろん進学するにあたってはお金の問題もあったけれど、なによりも勉強が大の苦手なのだった。

「白河くんは、ふつうの大学を志望するんだよね」
「ああ、一応な」
「……ピアノは、弾かないの?」

この話題は、たぶん彼が怒るだろう、と容易に予測できた。
でも、怒られたとしても、それを言うのはぼくの役目だとも思った。

「……このあいだ白河くんが弾いてくれた、あれはたしか、フランツ・リストの……」
「その話はやめろ」

案の定、白河くんはぴりぴりとした声でそう言った。

……白河くんが怒る理由を、ぼくは知っている。

理由は、彼のお兄さんだ。
白河くんのお兄さんは天才ピアニストだったらしいけれど、ずっと昔に亡くなったと聞いた。
どんな形であれ、白河くんはそんなお兄さんと比べられることに、抵抗があるようだった。

やめろと言われてしまったのだから、これ以上は言うべきではない。
でもこれだけは言っておきたくて、ぼくは口を開いた。

「……ぼくは白河くんのピアノ、好きだよ」
「ばっ……」

いつもの言葉を言いかけた白河くんは口をぱくぱくさせたあと、やがて顔を背けながら言った。

「……オレも牧志のそういうとこ、きらいじゃないです、よ……」