マフラーをした男が勘定台を軽々と飛び越えると、銀行員に刃物をつきつけた。
「この鞄のなかに、金をあるだけ詰めろ!」
銀行員のふたりはふるえながら、札束を鞄に入れていく。
しかし仕事をしていたときと同様に、動作がゆっくりだ。……あれでは、相当時間がかかりそうだ。
そのあいだ、僕たちはというと、帽子をかぶった男に、縄でうしろ手にひとりずつ縛られていった。
「うわあ、俺、縄で縛られるのはじめて」
「……縄で縛られたことがある人は、あまりいないと思いますけれど……」
「おまえら、喋るなッ!」
男性客とひそひそと話をしていたら、強盗に怒られてしまった。
「いいか、妙な真似(まね)はするんじゃねえぞ!」
帽子の男は僕たち三人を縛り終えると、マフラーの男のほうへと加勢しに行った。
僕は、強盗とじゅうぶんに距離がとれたことを確認してから、小声で男性客に話しかけた。
「……とんだことに巻きこまれてしまいましたね。……ええと」
「俺の名前はシンドウ。……さて、こう縛られちゃあ、どうしようもない、……かな」
シンドウさんは困ったような口調でそう言った。
けれど一瞬だけ、シンドウさんのするどい視線が彼の足元の鞄に注がれたのを、僕は見逃さなかった。
「……シンドウさん。その鞄のなかに、なにか入っています?」
「……あれ、なんでわかっちゃったんだろ?」
シンドウさんはおどろいた顔で僕を見た。
それからひと呼吸置いて、強盗の動きを確認しながら、いちだんと声を落として言った。
「じつはこの鞄のなかに、……武器になりそうなものが入っているんだ。
それを取り出せたら、あの強盗たちを逆に脅せるかもしれない」
「……逆に脅すのは、危険過ぎる気もしますが」
そのとき、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
すかさず帽子の男が声をあげる。
「……アニキ、警察だ! こいつら、いつのまに通報をッ?」
「くそッ! ……いまそとに出るのは、逆にまずい。金を詰め終わったら、人質を連れてずらかるぞ!」
そう言って、マフラーの男はその場にいる全員を見回した。
「……女はいねえか……、しょうがねえ、人質は、あっちのいちばん弱そうなやつを連れていく!」
そう言いながら、マフラーの男は僕をあごで示した。
ご指名を受けた僕は、顔を引きつらせながら、言った。
「……シンドウさん、訂正します。いま止めないと、もっとたいへんなことになりそうな気がします」
「でも、なにをするにしても、まずはこの縄を解かないと……」
「その点は心配ありません。……クゼさん」
「仰(おお)せのままに」
クゼさんがそう言うや否(いな)や、クゼさんのうしろ手の縄がはらはらと解けた。
……それはまるで、『縄が刃物で切られたかのよう』だった。
シンドウさんはその光景に目を丸くしたものの、そのおどろきを声に出したりはしなかった。
そんなシンドウさんに、僕は言った。
「僕たちは事情があって、目に見えない刃物を持っています。……三対二なら、おそらくいけるでしょう。
僕が合図しますから、シンドウさんは縄が解けたと同時に、鞄から武器を取り出してください」
「……了解、まかせて」
シンドウさんがうなずいた。
そのころ、ようやく満足いくまで金を鞄に詰められたらしい強盗たちが、その重そうな鞄を持って、こちらに近づいてきた。
「おい、そこのおまえ! 立て!」
マフラーの男が鞄を持ち、帽子の男が刃物をこちらに向ける。
僕はゆっくり立ち上がると、言った。
「いまだ!」
かけ声と同時に、僕とシンドウさんの縄が解かれる。
そしてクゼさんはまっすぐ、マフラーをした男のほうへと向かっていった。
「ギャッ! な、なんだッ?」
クゼさんが、マフラーの男が持っていた鞄の取っ手を『切った』。
鞄は重力に従って床に落ち、いままで引っ張り上げていた重さを失ったマフラーの男は、バランスをくずして倒れる。
「うわッ!」
おどろいてふり返る帽子の男に、今度はシンドウさんが鞄から取り出したもの……、出刃包丁をつきつけた。
鼻先に出刃包丁をつきつけられ、固まる帽子の男に、シンドウさんが言った。
「……警察に捕まっても、俺が包丁を持っていたことは黙っていてね? 面倒ごとは、ゴメンだから」
シンドウさんはにっこりと笑う。
目を白黒させている帽子の男の手から、僕はするりと刃物を引き抜いて、言った。
「相手がわるかったですね。……刃物に怯えていたら、僕も商売になりませんから」