かくして強盗たちは御用となり、僕たちは警察に事情聴取をされたあと、夕暮れどきに解放された。
とりあえず、シンドウさんが包丁を所持していたことについて、おとがめがなかったところを見ると、うまくごまかせたらしかった。
「あの出刃包丁……、もしやと思ったんですが、シンドウさんはマツリさんのご主人ですか?」
途中まで帰り道がいっしょだというシンドウさんと歩きながら、僕は言った。
マツリさんとは、以前、僕に包丁を研ぐ依頼をした女性だ。
僕は、一度手にした包丁のことは、けっして忘れない。
……そしてあのときマツリさんから預かった包丁は、まさしく先ほどシンドウさんが鞄から取り出した出刃包丁だったのだ。
「きみこそ、あのときの刃物屋さんだったとは……、その節はお世話になったね」
シンドウさんは、深々と頭を下げた。そしてすこしだけ頭をもどすと、こちらのようすをうかがうかのように、たずねた。
「マツリが『あのこと』を話したそうだけれど。……そっちの人も、もう知ってるの?」
「……はい、すみません。ですがクゼさんは、秘密をばらすような人じゃあ、ありませんから」
僕がそう言うと、シンドウさんはようやく頭を上げた。
「……刃物屋さんがそう言うなら、信じるよ。……マツリの言うとおり、俺には昔、通りすがりの人を切りつけていた時期がある。
でも、安心してね。マツリと出会ってからはこころを入れ替えて、そういうことはしないようにしているから!」
……過去に連続殺人に興じていたことがあるという時点で安心できるわけがないけれど、
とりあえずいまのシンドウさんは、僕たちを敵視しているわけではないようだった。
「なるほど、道理(どうり)で同じにおいがすると思いました」
クゼさんがうなずきながらそう言ったので、僕はあわてて声を大きくした。
「し、シンドウさん、はやく帰らないとマツリさんに怒られますよ。もう日が落ちてきていますし……」
「あはは、そうだね。家に帰って、彼女の機嫌をとらないと。けれど最後に……、ずっとお礼が言いたかったんだ」
シンドウさんは、僕の手を握って言った。
「この包丁を研いでくれたのがきみで、ほんとうによかった。
生まれ変わったように、切れ味がよくなったよ。またいつか、よろしくね!」
そうしてシンドウさんは笑顔で手をふりながら、おそらくマツリさんの待つ家へと帰って行った。
「……君」
「わかっていますよ」
シンドウさんの背なかを見送りながらクゼさんが言いかけたことは、僕にもわかった。
「あの人、まだ現役ですよね。
……マツリさんの話じゃあ、あの人は料理ができなかったはずだから、切れ味を確認しようがないですし、
……第一、鞄に入れてあの包丁を常に持ち歩いているということは、つまりそういうことですよね?」
僕はため息をつく。
シンドウさんが、クゼさんからいいにおいがすると言ったのは、
……たぶん、クゼさんが過去に吸った、人の血のにおいだったりするのだろう。
おわり
2015/04/13 擱筆
2017/04/10 表記ゆれの修正
2018/11/06 加筆修正、レイアウト変更