まばゆい昼(a)


救急車を呼ぶまえに、佑虎は目を覚ました。

「……僕はなんともありません。ただ、すこし休ませてください」

佑虎はそう言って、午前中の授業が終わるあいだは、保健室で休むこととなった。
そんな佑虎のそばに、もこなは授業にも出ずにずっとつき添っていた。

無言のままのふたりがいる保健室に、飛鳥もふわふわと浮いていた。
飛鳥は、ふたりに向かって声をかける。

「これが最後だ。……またな、佑虎、鹿波さん。ふたりとも、いつまでも元気で」

ふたりには、飛鳥のすがたは見えていない。
当然、なんの反応もなく、飛鳥は苦笑して保健室を出て行った。



飛鳥が元ミステリ同好会の部室に着いたときには、すでに誠、青空、マリアが集まっていた。
幽霊は、そなえられたものには触れることができる、ということを知った青空が、まえもって飛鳥たちのために弁当を用意していた。

「マリアちゃんには、コンニャクの炒り焼きを作ってきたよ。……お口に合えば、いいんだけれど」

これにはマリアも大よろこびだった。
あっという間にコンニャクを平らげたマリアのようすに飛鳥が笑っていると、部屋のとびらが開いた。

入ってきたのは意外なことに、あのもこなだった。

飛鳥は青空に『そなえられた』箸(はし)を持ったままだったので、もこなから見れば箸が空中に浮かんでいるように見えたはずだ。 しかし、もこなはそれを見てもおどろかなかった。

「そこにいるのね、越智さん。 こうして目の当たりにするまでは信じられなかったけれど、狐塚先生からも事情は聞いたし、いまだけは信じる」

そしてまっすぐに飛鳥のほうを向いて言った。

「あんたを殺したのは佑虎じゃない。体操服は、私がやったの。 でも、ごめんねなんていう虫のいいことは言わないわ」

そしてもこなは、ぎゅっと目をつむりながら、言った。

「ただ、もしまた、いつか会うことがあったなら。……私はいまよりも、ましな人間になっていたい」

そして目を開くと、思いきり飛鳥をにらんだ。
もこなの顔は赤いし、目にはなみだが浮かんでいる。

「だからあんたは、思うぞんぶんにあたしを憎んで、成仏しなさい」

飛鳥はほほえんだ。
憎めだなんて言われたって、最初から、なんのうらみも持っていない。

「ありがとう、鹿波さん。最後に鹿波さんのことを知れて、ほんとうによかった」

マリアは、そんな飛鳥の肩をぽん、とたたいた。

「……じゃあ、飛鳥お姉ちゃん。そろそろ」

飛鳥はうなずくと、姿勢を正した。

「みんな、最後に私のわがままにつき合ってくれてありがとう。この数日間、ほんとうに楽しかった!」

青空がなみだ目で立ち上がる。

「あ、飛鳥ちゃん……! 私、やっぱり飛鳥ちゃんがいなくなっちゃうの、いやだよ……!」
「青空、引き止めたらわるいよ。……見送ろう」

誠がやさしく言って、青空はぐすぐすとハンカチのなかに顔をうずめた。
誠は、飛鳥に言った。

「越智さんのことは、ぜったいに忘れない」
「ありがとう、赤月君。私もみんなのことを、ぜったいに忘れないよ」

マリアがなにごとかを唱えて、飛鳥の額に手をかざした。
とたんに、飛鳥のからだが温かい光に包まれる。

(もう、ほんとうにお別れなんだな)

しかし間際(まぎわ)になってとつぜん、いろいろな感情があふれてきた。


……みんなと離れたくない。


もっと話がしたかった。
学校だけじゃあなくて、もっといろんな場所に行きたかった。

お父さん、お母さん。

もっとやさしくすればよかった。
もっと甘えればよかった。

ダメだ、笑え。
みんなを困らせないように。

笑ってお別れを言わないと。
お礼を言って、お別れをしないと。


ありがとう、と。
みんなお元気で、と。


しかしぼろぼろと泣きながら、
無理やり笑顔を作った飛鳥の口からもれたのは、別の言葉だった。


「……もっと、生きたかったなあ……」



さよなら、世界。



誠がだまってにぎりこぶしを作るすがたと、青空の泣き声と、もこなの不器用な視線に見送られて、


私は、


……