薄日が差す朝(c)


その瞬間だった。
なにかが誠の真横をすばやく横切った。

「あ、……ぴよ吉!?」

かげの正体を確認し、そうさけんだのは飛鳥だった。

ぴよ吉は柵の向こう側へ、ためらうことなく飛び出していった。
そして空中でうまく佑虎のからだのしたへともぐりこむと、

「おいガキ! しっかりつかまっておけ!」

ぴよ吉が佑虎に声をかけ、佑虎はあわてて言われたとおりにぴよ吉の首もとをつかんだ。
そしてぴよ吉はそのまま自分のつばさを限界まで広げると、ゆるやかに滑空していった。

息をのんで見守る飛鳥たちの目のまえで、ぴよ吉は最後に、佑虎をかばいながら地面にぐしゃりと衝突した。

「……ぴよ吉! 佑虎!!」

飛鳥はまっ青になって、屋上から地面に目がけて飛んでいった。
まるでぼろ雑巾のようになってあお向けに倒れていたぴよ吉は、うっすらと目を開いて、飛んできた飛鳥にたずねた。

「……そのガキ、は……?」

言われて飛鳥は、ぴよ吉の近くで倒れている佑虎のようすをうかがった。
見たところ大きなけがはなく、息もしている。意識を失っただけのようだ。

「佑虎は無事だ! 見ていたかぎりでは頭も打っていなかったし、たぶん気絶をしているだけだ!  ぴよ吉が最後までかばってくれたおかげだ。でも、ぴよ吉、おまえは……!」

そう言いながら、飛鳥は無意識のうちにぴよ吉のつばさに『触れた』。
そして触れられることにいちばんおどろいたのは、飛鳥自身だった。

「……そうだった。はじめて会ったときから、私はぴよ吉に触れることができたんだ。でも、どうして……」
「おまえに言っていなかったことがある。……幽霊は、死期の近いものにはさわることができるんだ」
「なっ……!?」

飛鳥がおどろいて息をのんだ。
ぴよ吉はそれにかまわずに、続けた。

「こうなることはわかっていたんだよ、最初からな。……でも、それまでにどうしても飛びたかったんだ」

そしてぼろぼろのつばさを重そうに持ち上げると、飛鳥の頬に触れた。
羽根が飛鳥の顔に当たって、少しくすぐったい。

「でも、よくばり過ぎて……おまえとこうして話もしたいと願ったばっかりに、中途半端なすがたになっちまったのさ」

そして、ぴよ吉はにこ、と笑った。

「……最後に空を飛んで、おまえの顔も見れた。思い残すことはなにもない。 ……俺は、先にいってるから。おまえもしっかり、死んでこい」

そのあと、ぴよ吉のからだは一瞬光に包まれると、 すぐに光の粒子となって、あとかたもなく消え去っていった。



飛鳥は校庭で、泣き崩れていた。
そんな飛鳥のとなりには、いつの間にかマリアが浮かんでいた。

「……私、いまわかった」

飛鳥は顔を両手で覆ったまま、つぶやいた。

「私はみんなと出会いたかったんだ。 話をしたかったし、聞きたかった。知りたかった。そしてみんなと学校生活を送りたかった」

そう言うと飛鳥はマリアを見上げ、苦笑した。

「私の未練は、すでに晴らされていたんだな」

マリアは飛鳥を抱き寄せると、よしよしと飛鳥の頭をなでた。

「……どうする? このまま幽界に行く?」
「……まだ猶予があるのなら、佑虎が目覚めるまでは、こちらにいたい」

佑虎はまだ飛鳥のそばで眠っている。
そこへ、誠が駆け寄ってくるのが見えた。

「鹿波さんが、人を呼びに行った。もうすぐ人が来ると思う。……越智さん?」

飛鳥は泣きながら笑っていた。
そして誠の顔を見ると、照れたように首をかしげた。

「……それと、最後に赤月君たちと、いっしょにお昼を食べたいかな」