飛鳥と別れたあと、誠は保健室へと立ち寄った。
保健室には、書類の整理をしている養護教諭の兎沢(とざわ)がいた。
兎沢は、長い髪をうしろでひとつにくくり、パンツスタイルに白衣をはおっている。
めがねをかけていて、その顔にはいつもうすい笑みを浮かべている、とらえどころのない女性だった。
誠は、この兎沢が教師陣のなかではいちばん柔軟な思考を持っている、とにらんでここにやってきたのだった。
薬品のにおいがする保健室で、兎沢は誠にたずねた。
「それで、聞きたいことってなにかな?」
「先生におたずねしたいのは、幽霊についてです」
「え? 幽霊?」
兎沢がおどろいたように、何度かまばたきをした。
誠はうなずく。
「はい。いままでこの学校で、幽霊のうわさが立ったことってありましたか?」
誠が知りたかったのは、飛鳥が言っていた『先輩幽霊』の話だった。
飛鳥が学校のそとへ出て行けないのならば、先輩幽霊と出会ったのも学校内ということになる。
自分よりも長くこの学校にいる兎沢なら、なにか知っているかもしれない、と思ったのだった。
兎沢はうーん、としばらく考えこんだ。
「……この学校では、あんまりその手の話を聞いたことはないな。
それ以外の事件だったら、……まあ、いろいろあったけれど、一応解決はしているし……」
兎沢はぼそぼそとひとりごとのように言ったあと、ふと顔をあげた。
「ただ、二十年くらい前に、この近くで小学校低学年の子どもが失踪する事件があったよ。
私がたまたまその失踪した子と同い年だったから、覚えているってだけだけれど、
当時は神隠しだ、お化けにさらわれたんだ、……ってさわがれたりしてたかな」
「小学校低学年、ですか」
その子どもと、先輩幽霊とはなにか関係があるのだろうか。
とにかく、くわしいことはあした、飛鳥に聞いてみるしかない。
「お話、ありがとうございました。それでは、僕はそろそろ失礼します」
「あ、もういいの? ま、いっか。くれぐれも甘いものを食べ過ぎないようにね」
「……? はい」
誠がふしぎそうな顔をしつつも、保健室から出て行った。
書類の整理にもどった兎沢は、しばらくしてからはたと手を止め、
「……しまった。つい、『あの人』と話をしているような錯覚をしちゃった」
と小さく舌を出したのだった。