あれから、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。
『なにか』は空気とまじりあって、空間にたゆたっていた。
それはまるでこの世界全体を、うすい膜(まく)のようになって覆っているかのような感覚だった。
しかしわずかに意識を動かしたとたん、あちらこちらに散らばっていたかけらのようなものが、急速に自分のもとへと集まりだした。
それらはたちまち、ぎゅっと凝縮され、やがてひとつの形を作り上げた。
そっとこぶしをにぎって、開く。
これは手。
そろりと視線を動かす。
これは目。
短い髪に、短い前髪。
月見坂学園の制服を着た中学一年生。……、そうだ、これは『私』だ!
「うわっ!? な、なんだ!? いったいなにが起きた!?」
飛鳥はさけびながら、飛び起きた。
からだにまとわりつく空気が、まるで水風船のようにふにふにだ。
すべての感覚がやわらかい。
飛鳥は両手で何度かグーとパーを作ることをくり返してから、つぶやいた。
「……、私は、どうしてしまったというんだ?」
見上げると、ちょうど自分の教室……一年B組の窓が見える。
「そうだ、私はあそこから落ちて……、って、なんであんなところから落ちて無事なんだ? 傷ひとつ、見当たらないぞ……」
飛鳥は自分のからだを動かしてみたが、どこも痛いところはない。
校庭の地面にも、血のあとのようなものは見当たらなかった。
飛鳥の目と鼻の先には、黄色と黒で編まれたロープが貼られ、『立ち入り禁止』と書かれた紙が貼られている。
飛鳥はそれを見て、首をかしげた。
「あんなものは、朝に見たときにはなかったような気がしたが……」
それからまじまじと自分の両の手のひらを見た飛鳥は、絶句した。
なぜなら、……手のひらがうっすらと透けていたからだった。
「……これはもしかしなくても、ぜんぜん無事じゃあないぞ」
かたちの定まらない自分の足元を見ながら、飛鳥はひとり、つぶやく。
「まいったな。私は、……どうやら幽霊というものになってしまったらしい」