吸血鬼(c)


「あの……」

三嶽がおずおずと手をあげた。

「この場所で殺人事件が起こるのは、すこし困るのだが」
「……あっ、うっかりしていました!」

ササキは、はっとして、悲しげな表情をヘンルィクに向けた。
……もともと三嶽は眼中にないらしい。

「まさか、吸血鬼さまのお手をそのまま拝借するわけにはいきませんよね! ササキはなにか武器になりそうなものを持ってきますから、しばしのあいだ、ここでお待ちください!」

そしてキサキはいきおいよく部屋を飛び出していった。
部屋はしんとしずまり返り、やがてヘンルィクが口を開いた。

「……毎日、こんな感じなんです」
「……心中お察しします」

ふたりはなんとなく、互いにお辞儀をした。

「時間はあまりなさそうだな。彼女がもどってくるまえに、準備をしよう」

藤丸が、とことこと三嶽の黒い鞄をくわえて運んできた。
三嶽はその鞄から、模様が描かれている長方形の紙の札(ふだ)を一枚取り出した。


『──────召喚の符呪、……オーレ・ルゲイエ』

呼びかけとともに三嶽の髪が逆立ち、片目が赤く光ったかと思うと、あたりに霧がたちこめた。
その霧が晴れてみれば、三嶽の目のまえに、虫のような羽根の生えた小さな人間が浮かんでいた。

「わしの双子の弟の話を聞く気になったか、イチ坊?」

小さな人間……『オーレ・ルゲイエ』が口を開いた。サイズ以外は、男の子どものように見える。
シルクハットにマントをはおり、片手には傘。そしてなぜか靴をはいておらず、両足とも靴下だ。

「……オーレ・ルゲイエといえば、眠りの精、ですかね?」

ヘンルィクに言われて、オーレがヘンルィクに目を向けた。

「なんじゃ、こいつはがっかりじゃ……、不死の吸血鬼じゃあないか。人間の子どもはおらんのか?」

そのとき、ばーんッ! ……と、先ほどと同じように、勢いよくとびらが開かれた。

現れたのは、やはりキサキだった。
キサキの手には、使いこまれたような古い金槌が握られている。

「吸血鬼さま、お待たせしました!! この金槌でササキを殴り殺してください! 結構強めに殴らないと気を失うだけだったので、思いっきりお願いします!」

うすうすそんな気はしていたが、三嶽は彼女にたずねる。

「……もしかしなくても、あの連続傷害事件の犯人は……きみなのか?」
「はいっ! まずは形から……、と思い、修行していました!」

元気よく返事をするキサキ。
三嶽は片手で顔を覆って、言った。

「……オーレ、頼む」
「はいな」

オーレはふわりとキサキの眼前へと飛ぶと、さああ、と白色の粉を吹きかけた。
とたん、キサキのまぶたがすっと閉じて、その場へと倒れこんだ。

オーレが不満げに口をとがらせた。

「これで終わりかの? 双子の弟の話は……」
「それはまた今度。オーレ、お疲れさま」

三嶽が先ほどのお札をオーレの額にかざすと、オーレのすがたはふっと消えていった。

「……さて、ヘンルィクさん。思いがけず、あの連続傷害事件の犯人が判明してしまったわけだが」

三嶽はふり返り、ヘンルィクに言った。

「彼女にこのまま、自分は一度死んだ、……と思いこませてみてはどうだろう?」