吸血鬼(d)


キサキは目を覚ました。
縦に長い窓から差しこんだ月明かりが、キサキの頬に注がれている。

「……ここは……?」

天井が高い。太く、彫刻が施された白い柱。
そこは、ヘンルィクが司祭を務める教会だった。

キサキが上体を起こすと、ヘンルィクの背中が目に入った。

「き、吸血鬼さま!? ササキはいったい……?」
「あなたは私に殺された。これであなたも……、私たち、吸血鬼の仲間入りだ」

ヘンルィクはふり返らずに言った。
キサキはみるみるうちに頬を紅潮させて、飛び起きた。

「やりました! ついにササキが吸血鬼……!!」

そして両手を胸のまえで組むと、感動にうち震えた。

「ササキ、がんばりますっ! たくさんの人の血を吸いまくります!」
「ちょ、ちょっと待て。……人間の血は、に……、……いや、『百年』に一度しか吸えない決まりなんだ」

ヘンルィクはとっさにうそをついた。
二十年後、キサキの熱が冷めているとは考えにくい。彼女なら二十年後だって、たぶん『やる』。

キサキはヘンルィクの言葉を聞くと、目に見えて落胆した。

「ええっ、そんなぁ……、せっかく吸血鬼になったのに……」

しかしすぐに気を取り直すと、今度はぐっと両手でこぶしを作ってみせた。

「……わかりました。きっと百年なんて、吸血鬼にとってはあっという間ですよね。血を吸うのは、しばらく我慢します」
「あ、ああ……」

ヘンルィクがうなずくと、キサキはぺこりと頭を下げた。

「吸血鬼さま、ほんっとうに! このたびはありがとうございましたっ!」

あわただしく教会を出ていくキサキを、ヘンルィクは不安げに見送ることしかできなかった。


つぎの日の朝。
三嶽の研究所に、調月が現れた。

「やあ、三嶽くん。きのうは密告をありがとう」
「……調月警部。密告だなんて、人聞きがわるいな」

三嶽はまだぼうっとする頭を覚ますため、珈琲をいれているところだった。
調月はおみやげに持ってきていたあぶらあげを藤丸に渡すと、三嶽に言った。

「結論から言うと、たしかに沙沙貴キサキが一連の事件の犯人だったよ。……なぜ三嶽くんにはわかったのか、……なんて野暮なことは、まあ聞かないことにする。ただ……」

そう言って、調月がぱん、と両手を合わせた。

「ごめん! ……相手が女だと思って、油断したみたいなんだ。見張りをふたりつけていたんだが、一瞬の隙に……その見張りのひとりがやられてしまった。しかも運悪く、……七人目にして、初の死者だ」

三嶽は深くため息をついた。
やりかねない、と思ってはいたが、やはり止められはしなかったか。

「沙沙貴は、『吸血鬼の仲間を増やすためにやった』、……って言って聞かないんだよ。それで念のため、もう一回だけ聞いておくけれど……」

調月は三嶽をまっすぐ見つめて、たずねた。

「……沙沙貴キサキは、ほんとうに吸血鬼じゃあないのか?」

珈琲を飲まないうちに、すっかり目が覚めてしまった。
いれたての珈琲を調月に手渡しながら、三嶽は言った。

「彼女はれっきとした人間だよ。……本物の吸血鬼は、もうすこし臆病なんじゃあないかな」

それから調月から目をそらして、物憂げにつぶやいた。


「……ただ、なんとなくそう思っただけ、……だけれどね」

おわり
2020/01/23 擱筆