首なし幽霊(d)


伏見邸の玄関のまえの階段に、尾ノ首がうなだれるように座っていた。
三嶽のすがたに気がつくと、うれしそうに立ち上がり、また身振り手振りで説明する。

「……伏見夫人に、気味がわるいから外にいろと屋敷を追い出された、と。……伏見夫人も、なかなか気の強い人だな」

三嶽はそれから、いま聞いてきたことを、尾ノ首にそのまま話して聞かせた。
話を聞いているうちに、尾ノ首はすこしずつ、死に際のことを思い出していったようだった。

尾ノ首は、自分の顔の部分をさしたあと、両手の人差し指を向かい合わせた。

「死ぬ直前に、だれかと会話をしていたんだね? ……もしかしてそれは、雀氏だったんじゃあないかな」

尾ノ首は、からだを大きく前へと傾けた。
その様子を見ていた藤丸は、当惑したように三嶽を見上げた。

「……死んだ瞬間、現場にいたということは……、……まさか、あの雀さんが犯人ということですか?」
「おそらくはね。……雀氏がまえもって、たとえば調律のときに、ピアノの足のネジをあらかじめゆるめるか、はずすかしておいた。そして素知らぬ顔をして後日会いに行き、尾ノ首氏をピアノのしたにもぐらせて……」
「……ピアノの足を右外側に思いきり蹴飛ばして、はずしたんです」

冷たい声が、その場にひびいた。

はっとして三嶽が振り返ると、いつの間にかそこには雀零崇が立っていた。
どうやら、三嶽のあとをつけてきていたらしい。

雀はにっこりと笑って、尾ノ首に話しかけた。

「ピアノからノイズが聞こえるので、原因探しを手伝ってくださいと頼んだら、なんの疑いもなくピアノのしたにもぐってくれたんですよね。……まさか、幽霊になっているとは。いまやお得意のおしゃべりもできないなんて滑稽ですね、……尾ノ首さん?」

慄(おのの)いた尾ノ首が、さっと三嶽のうしろに隠れた。
三嶽は雀に向かって、言った。

「……ピアノに細工をするなら、あなたしかいないと思っていました。ただの経年劣化なら、調律を担当しているあなたが、ピアノの異変に気がつかないわけがない。そしてあのピアノと関わりがあって、ピアノの構造にまで詳しい人は、ピアノ調律師のあなたくらいのものですからね」
「僕も、三嶽先生が工房にいらっしゃったときに、あちゃー、これは詰んだな、って思いましたよ。でもね……ひどい人なんです、そこの尾ノ首さん。せっかくのピアノを、自分のアクセサリーかなにかとしてしか見ていなかったんですから。僕、言ったのに。『そのうちピアノに殺されますよ』、……って」

三嶽はしずかに、雀をにらんだ。

「……あなたは、ピアノを殺人の道具にした。尾ノ首さんより、よっぽどひどいと思いますがね」
「僕は、ピアノに復讐をさせてやりたかっただけですよ。……でもまあ、もういいです」

その瞬間、三嶽のまえに飛び出した藤丸が、毛を逆立ててうなり声をあげた。
雀が胸元から取り出した鋼の弦を、ぴっ、と顔のまえに構えたからだった。

しかし雀は首をふって、肩を落とした。

「三嶽先生ひとりくらいだったら、口封じでもしておこうかと思いましたが、その狐さん、なんだか強そうですし。……それに」

ギィ、と屋敷のとびらが開く音がした。屋敷から、チカコが出てきたのだった。

「……夫人にもばれちゃいましたから。ピアノ工房は心残りですが、おとなしくこの地区から夜逃げします」



「……尾ノ首さんのことは見慣れてしまいましたし、私はもう気にしませんわ」

チカコの言葉に喜んだ尾ノ首が、チカコに抱きつこうとしたところで、チカコのボディブローがきれいに決まった。
三嶽はうずくまる尾ノ首を横目で見ながら、チカコに言った。

「……ふつうは、自分を殺した犯人なんてものと対面すると、我を忘れて襲いかかったりするものです。……自我が強い尾ノ首さんは、今後も驚異になることはない、と私も思います。……尾ノ首さんのことは、伏見夫人にお任せします。なにか異変を感じたら、すぐにご連絡ください」
「わかりました。……このたびはありがとうございました」

チカコはぺこりと頭を下げると、尾ノ首のスーツの襟元のうしろの部分を引っつかんだ。
そしてそのまま、尾ノ首を引きずるようにして、伏見邸のなかへと入っていった。

しばらくすると、あのピアノの置かれた部屋の灯りが点いた。
かすかに聞こえてきたピアノの音を背に、三嶽と藤丸は歩き出した。

「……結局、怖いのはいつだって、生きている人間のほうなんだよな」
「それはチカコさんのことを言っているんですか? それとも……雀さんのことですか?」

三嶽は答えずに、空を見上げた。
いつだって灰色の煙に覆われているマツリカ国の空は、それでも夜になれば幾分かましだった。

星は見えないが、月明かりはうっすらと空を照らしている。

「……帰ろうか。今日はすこし、疲れたよ」

頼りない街頭に照らされて。
一人と一匹の黒い影が、しずかに遠ざかっていく。

おわり
2019/11/11 擱筆