首なし幽霊(c)


雀のピアノ工房は、木材をすこしずつ継ぎ足していったような造りの内装だった。
高めの天井からは、裸電球がいくつもぶら下がっている。

雀はというと、ちょうどピアノを修理しているところだった。

「ああ、たしかにあのピアノは、僕が伏見さんに譲りました」

雀は額の汗をぬぐって、三嶽に言った。

「もとの持ち主……尾ノ首さんというかたが数週間まえに亡くなったんですが、尾ノ首さんの死にかたを知っている人たちは、さすがにあのピアノを欲しがらなくて。でも、本物の象牙を使ったいいピアノですし、廃棄にしちゃうのもかわいそうだな、と思っていたところに、事情を知った伏見さんが名乗り出てくれたんです。捨てる神あれば、拾う神ありですね」

雀は、もとの持ち主……、あの幽霊になった『尾ノ首』のことを知っているのだ。
三嶽はわずかに、身を乗り出した。

「その……尾ノ首氏は、どんな死にかたを?」
「あー……、ちょっと見てください。このピアノで例えるとですね」

雀がそう言って、いままで修理していたピアノのまえにかがんだ。

「三本の足がありますよね。この前側の二本のうち、一本がはずれてしまったんですよ。それも運悪く、尾ノ首さんがピアノのしたにもぐっているときにね。……おそらくピアノのしたに落ちたものでも、拾おうとしていたんじゃあないでしょうか」
「……ピアノの足がはずれるなんてことが、あるんですか?」
「正直、聞いたことはありません。……でも、ずいぶん古いピアノだったし、ガタがきていたんじゃあないですかね? ……ピアノの胴体に頭を潰された尾ノ首さんは即死で、ご遺体はずいぶんとひどい有様だったようですよ」

尾ノ首の幽霊が、せめて首の『ない』状態でよかったと三嶽はこっそり思った。
頭が潰されたすがたで幽霊になっていたら、目撃したチカコはショックのあまり死んでいたかもしれない。

三嶽は人差し指の背中を口もとにあてた。

「……伏見氏のお宅で拝見したピアノは、そんな事故があったとは思えないほど、綺麗に手入れがされていたが……」
「僕がメンテナンスをしましたからね」

雀がさらりと言った。

「もともと、あのピアノの調律は僕が担当していましたから」
「……ちなみに、ピアノの重さはどのくらいあるんですか?」
「物によって違いますけれど、だいたい成人男性四人分くらいの重さですよ」

三嶽はかがんで、ピアノの足をのぞきこんだ。
足は、大きなネジで二箇所、ピアノの胴体に固定されている。

「……なるほどね」

三嶽が小さく、つぶやいた。



ピアノ工房を出たころには、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
三嶽のとなりを歩いていた藤丸が、三嶽に話かけた。

「首なし幽霊の事件の真相は、ただの事故だったんですね」
「いや……、不審な点がある。成人男性四人分の重さの圧力が上からかかっていて、さらにはネジで固定されているピアノの足が、そう簡単にはずれるはずがない。たとえそのネジが多少ゆるんだとしても、ね」
「……どういうことですか?」
「だれかが意図的に、ピアノの足に細工をした、ということだ」

そして三嶽は、ため息をついた。

「……つまり、尾ノ首氏はだれかに殺されたということになる」