プロローグ


「それじゃ、そろそろ配信を終わりまーす。みんな、また次の配信で会おうね〜。ばいばーい!」

つい、このタイミングでいつも手を振ってしまうが、画面上のアバターにその手の動きまでは反映されない。
代わりにアバターがにこっと笑って、頭が左右に揺れた。

アバターは白いボブカットに獣耳の生えた少女。オオカミ娘という設定だが、耳が大きすぎてキツネにも見える。

画面上では、視聴者からのコメントが目で追えないほどのスピードで忙しなく流れていく。
雨車茉里香(うるま・まりか)はその様子を見届けると、ひと呼吸置いてからマクロキーボードに手を伸ばし、配信を終了させた。

ふうー、と長めに息を吐いて、椅子に深く身体を沈める。

茉里香は高校一年生、この春には二年生になる。
インターネット上での活動名は「ウルリカ」。先ほどまで演じていたあのオオカミ娘のアバターの名前だ。
中学生の頃に配信を始めて以来、茉里香は学業よりも、このウルリカとしての活動のほうにもっぱら熱を上げていた。

おもな活動内容は、時事ネタを取り扱うニュースチャンネルを運営するというもの。
チャンネル登録者数はかろうじて十万人を超えているが、この業界ではまだまだ規模が小さいほうだ。

茉里香は念のため、配信がきちんと終了できているかチェックした。これでマイクを切り忘れて私生活を垂れ流してしまったりなんかしたら、目も当てられない。

──「うち」は、特に。

ひと通りチェックを終えて、ようやく安心して横に置いてあったメガネをかける。
配信中は、メガネをかけたままだとスクリーンの反射でアバターの表情の追尾がうまくいかないのだ。

そのとき、スマートフォンの画面が光った。
メッセージを受け取った通知だった。

未読のメッセージは先に届いていたものも含めて、ふたつ。

ひとつは「父親」から。
この父親の存在こそが、茉里香の私生活を晒すわけにはいかない一番目の理由だ。
父は、反社会的組織「海嶽会(かいがくかい)」の構成員だからだ。

茉里香自身は────直接的な犯罪を犯したことこそなかったが、「手伝い」なら何度かある。
今回も手伝いの用件だったら面倒臭いことこのうえないので、いまは見なかったことにして新しいほうのメッセージに目をやった。

二件目のメッセージは、雨車暦(こよみ)からだ。
茉里香の伯母で、タレントをしている人だ。

彼女との繋がりもまた、視聴者に知られてはならない理由のひとつだった。
何かあれば、暦に迷惑がかかるのは目に見えている。

『まりちゃん、配信おつかれさま〜』

こちらの気苦労を知ってか知らずか、相変わらずゆるいあいさつだ。
字面から暦のあの甘い、少し間延びした声が容易に想像できた。

しかしながら、配信を見てくれていたのは素直にうれしい。

「こよみちゃん、配信見てくれたの? ありがと!」
『もちろんいつも見ているわよ〜。そんながんばりやさんのまりちゃんにね、今日はお誘いがあるの』

……お誘い?
暦とふたりで出かけることは珍しくはない。

(こんな改まって、なんのお誘いだろう?)

書き込み中のマークが出ていたので、茉里香はおとなしく待つ。
するとほどなくして、スポッという軽快な効果音とともに、暦から意味深なメッセージが届いた。

『とつぜんなんだけれど、……たまにはデジタルデトックス、してみない?』