「おかえりなさい、深神さん」
帰ってきた事務所の主を、ハルカが出迎えた。
時間は、十八時過ぎ。夕食にするにはちょうどいい時間だった。
「みやげを買ってきたぞ、ハルカ」
深神はうれしそうに、片手に持った箱をハルカに見せた。
箱の真ん中には、有名ケーキ店のロゴが入っている。
それを見たハルカはあからさまにため息を吐き、半眼で深神をにらんだ。
「……オレへのおみやげじゃあなくて、自分自身へのおみやげでしょう?
まあ、ちょうどいま、食事のしたくもできたところですし、夕飯にしましょう」
ハルカがいそいそと食卓の上に料理を運び始めた。
ほどなくして、いい香りが部屋のなかにただよってきた。
食卓に置かれたスープ皿のなかには、白色の液体。
夕飯はシチューらしい。
裏側からクギを刺した特製のまな板のおかげで、最近のハルカは野菜の調理もお手のものだ。
子どもの成長ははやいものだな、と深神はひとり感心していたが、
同時に今日の依頼のことを思い出し、ハルカにたずねた。
「今日の依頼の件なんだが」
「……はい? なにかありましたか」
ハルカは思わず、身がまえた。
深神はそんなハルカを見つめながら、言った。
「例のサバトの絵画が関わっている」
「……へえ?」
深神がなぜ、自分に話題を持ちかけたのか、ハルカはそこで合点がいった。
深神は続けた。
「あの『オレンジのラプソディ』と対になる絵画が、依頼主のもとから盗み出されたそうだ」
「対になる絵画、ねえ……」
「タイトルは『山葡萄のレクイエム』。イヌがモチーフの絵だったらしい」
そうして深神は、シチューを一口すすって、うなった。
「うまい。ハルカはもう、すっかり優秀な私の助手だな。うれしいぞ!」
「はいはい。えっと、それでその山葡萄のレクイエム? についてですけれど」
深神の言葉を軽く受け流したハルカは、遠慮がちに言った。
「なんか申しわけないんですけれど……結構高い割合で、……にせものだと思います」