エピローグ


次の日から、鷲村澄人の起こした事件はトップニュースで報道された。
もちろんワイドショーでも、同じネタで持ちきりになった。

鷲村の読みどおり、玲花が以前書いた記事はマスメディアに大きく取り上げられた。

しかし、なぜかそれらの報道では、 『犯行を事前に予測した聡明な女性記者が、学園内での取材中に事件に巻きこまれた』ということになっていた。
当の玲花本人はというと、いっさい公の場にすがたを現すこともなく、また、なにかを語ることもなかった。

そうしてあっという間に一週間が過ぎたころ。
玲花は周辺を張りこんでいるマスメディアの目を盗んで、深神探偵事務所へとやってきた。

玲花は事務所で深神のすがたを見るやいなや、大きな声で言った。

「探偵さん! あなたがどういう人か、よおーーくわかりました!」
「おやおや、いったい、なにがばれてしまったのかな?」

いじわるそうな笑みを浮かべられ、玲花はむっと頬をふくらませた。
それから玲花は、持ってきた新聞記事をばしん、とたたいた。

「あなたはわるい人です! いままでもこうして、事実をねじ曲げてきたんですね!?  赤月とも警察とも癒着しているなんて、探偵さん、やりたい放題じゃあないですか……!」

玲花はぷるぷるとふるえていたが、やがてうつむいた。

「……でも、ほんとうは私のほうが、わるい人です。私が新弥君を、死なせてしまったんですよね。 私じゃあなくて、探偵さんがあの場所に先に着いていたら、きっとだれも死なずにすみました」
「六路木君」

深神に名前を呼ばれて、玲花が顔をあげた。
深神は玲花のことを、まっすぐに見つめていた。

「人には人の、運というものがある。残念なことではあるが、亀ヶ淵君の運命はきっとはじめから、決まっていたのだ」

それから深神は立ちあがると、玲花の前へと立った。

「私は、今回のきみの行動力に感銘を受けた。 きみはきっと、すばらしい記者になるだろう。こんなところで終わってはいけない。 だから今回の事件できみが起こした行動への処遇については、警察に『多少』口利きさせてもらった」
「……っ! だからっ、そういうことを、……ッ」

抗議しようとする玲花を無視して、深神は言う。

「これは貸しだ。これからもどんどん貸すぞ、問答無用でな」
「ど、どうしてそんなことを……」
「それはきみが立派な記者になったあと、貸しを返してもらうためだ。もちろん、利息つきでな」

まるで悪人のように笑う深神に、玲花は返す言葉もなかった。



深神探偵事務所をあとにした玲花は、空をあおいだ。
まるで都会とは思えないような、すんだ青空が広がっている。

あの事件から今日まで、いろんなことを考えた。
マスメディアに真実を語ろうとも、何度も思った。

それができなかったのは、
……もし自分がここで筆を折ることになったら、書けなくなる記事があると思ったからだった。

玲花はそっと、自分の頬に手を触れてみた。

あの日、鷲村は私のことを、神さまみたいだと言った。

でも、私は無力だ。
なにが正しいのか、なにがまちがいなのかも、わからない。

しかし今回の事件に触れて、わかったことがひとつある。
世のなかには、白か黒か、はっきりさせないほうがいい真実も、どうやら存在しているようだ。

私が信じている正義だって、反対側から見てみれば、また悪にもなりえるのだ。

玲花の足は、玲花が一週間まえまで働いていた雑誌出版社の建物のまえで止まった。
結局あのまま、一週間も無断で欠勤してしまった。

さすがにもう、クビになっているだろうか。

でも、私はあの悲しい人のことを。
……鷲村澄人のことを、もう一度、記事にしたいと思う。

そして記者を続けていくなら、朝本編集長のもとがいい。

玲花は深呼吸して、建物のなかへと入っていった。


おわり
2013/08/15 擱筆
2014/04/15 連載終了
2015/10/05 加筆修正
2018/11/08 加筆修正、レイアウト変更