「……下水流さんっ!」
そのとき、教室に声がひびいた。
詩良が顔をあげると、教室の入り口には亀ヶ淵新弥が立っていた。
鷲村はすぐに新弥に向き直って、たずねた。
「姫野ミカミの情報は?」
「ここにある。ちゃんと渡すから、先に下水流さんを解放して」
新弥は卒業アルバムをかかげるようにして、鷲村に見せた。
鷲村はそれを確認すると、詩良を見おろした。
またなにかされるのか、と身がまえた詩良だったが、
鷲村は無言で、彼女を縛っていたロープをざくざくとナイフで切っていった。
そしてすべてのロープを切り終えると、それらを床に捨てて鷲村が言った。
「おまえは、もう行け」
詩良はよろめきながらも、なんとか立ち上がった。
左足を引きずりながら、詩良は言われたとおりに教室の入り口へと歩いていく。
赤い油絵の具を刷毛(はけ)でのばしたかのように、詩良の歩いた床の上には血のあとが残っていった。
思わず詩良のもとへ駆け寄ろうとした新弥に、鷲村がするどく声をかけた。
「その女は、ひとりで行かせろ。おまえはそれを持って、こっちにこい」
新弥はもう一度、詩良を見た。
詩良も新弥を見ると、かすかに笑った。
「……来てくれてありがと。亀ヶ淵も、無茶はするなよ」
詩良の言葉に、新弥がうなずく。
「……引き続き、『姫野ミカミ』の情報を探してくるんだ」
鷲村が、詩良の背中に向かってそう投げかけた。