発足(e)


正午を過ぎたころ、玲花は図書館に入(い)り浸っていた。
朝本に見せるつもりだった仮の原稿と、そのほかにも収集していた資料を机の上に大きく広げて、ひとりでうなる。

玲花が追っているのは、先月に起きた『豪華客船殺人事件』だ。
この事件について、マスメディアが報道したものといえば、『殺人事件が起きた』というだけの、無味乾燥で、ばくぜんとした報告のみ。 その報告さえも、事実かどうかは疑わしい、と玲花は考えていた。

それでも、まずは公にされている情報を、あらためて整理してみる。
事件が起こったのはクルーズ客船『四葉』の船の上で、死亡したのは次の五名。

村崎幸治郎(むらさき・こうじろう)、旅館『あやめ』の支配人。
黒野都子(くろの・みやこ)、同じく『あやめ』の支配人補佐。
塩原優一(しおはら・ゆういち)、『しろくま病院』の院長。
佐藤啓祐(さとう・けいすけ)、『シャムロック・パーク』の施設長。
高松海風(たかまつ・みかぜ)、赤月財閥の使用人。

……犯人は、このなかの佐藤啓祐という男だ。彼はすでに、船の上で自殺をしている。
凶器はサプレッサーのついた銃器で、被害者はひとりずつ銃殺されたとのこと。

どれも個室での犯行だったので、 ほとんどの乗船客は船からおりるまで、事件が起こっていたことにさえ、まるで気づかなかったらしい。

犯行動機は明らかになっていない。
自殺した佐藤の遺書も見つかっていないという。

……事件の情報は、そこで終わりだ。

しかし、この事件がこれ以上報道されないように、マスメディアに圧力をかけた者がいると仮定すると、 容易に浮かび上がってくるひとつの組織がある。 それは現在、財政界において絶対的な権力をもっている、巨大な組織『赤月グループ』だ。
なぜなら、この豪華客船で行われていたのは、『赤月グループ』が主催する、招待制のパーティだったからだ。
つまり、死亡者全員も、この赤月グループと関係のある人間たちだったということになる。

(でも、もし赤月が関わった事件だったとして……、こんなあからさまに事件を起こすかしら)

赤月グループには、ただでさえ黒いうわさが多い。
いくら赤月のちからである程度の事件はもみ消せるとはいえ、人間を始末するなら、もっとスマートにできそうなものだ。

考えられるひとつとしては、事件が捏造(ねつぞう)されている可能性。
つまり、もっと大きななにかを隠蔽(いんぺい)するために生み出された事件だということ。

もしくは、見せしめ。
……いま生きているだれかに対する、警告か。