次の日、木曜日の朝。
僕がいつもと同じ時間に家を出ると、玄関を出たところに穂坂さんが立っていた。
「……よく、僕の家がわかったね」
「うん。だって、恋人の家だもの」
なんてことのないように、微笑む穂坂さん。
彼女の行動は、いつも積極的の域を超えている気がする。
でも、大丈夫だ。
僕はもう、彼女のことがこわくない。
「ちょうどよかった。僕も穂坂さんと話したいことがあったから。まだ早いから、公園にでも寄ろうか」
すると穂坂さんは、うれしそうにはにかんだ。
「うふふ。まるで、デートみたい」
きのう、オワルと話した公園に、今日は穂坂さんと一緒にいることが不思議だった。
穂坂さんがブランコの座板の上に座ったので、ぼくは穂坂さんのとなりに立った。
「私と話したいことって、なに?」
「きのう、翠の弟の紺が誘拐されたんだ」
「そうなの?」
穂坂さんは、瞳を瞬かせた。
「それで、その紺君はどうなったの?」
「無事、見つかった。それでね、紺がおかしなことを言うんだよ。僕に連れて行かれたんだ、ってね。
どうやら人の顔を識別できない紺のことを、僕のマフラーを巻いた犯人が僕のふりをして、連れ去ったみたいなんだ」
「それじゃあ……、計画的な犯行だったのね」
「ああ。そして、紺はこうも言っていた。
紺を連れ去った『僕』はマスクをしていて、『紺の写真をとりたいから、カメラを取ってくるまでここで待っていて』と言ったらしい」
「それって……」
穂坂さんは僕の顔をうかがうように、言った。
「……言いにくいけれど、それは……」
「うん。ハジメの特徴と一致している」
僕はうなずく。
「……でもね。僕は、マフラー。ハジメは、マスクにカメラ。
僕やハジメがほんとうの犯人なら、それらは逆に、まっ先に隠さなくてはいけない情報なんだ。
だってそのイメージは、僕たちを知る人間からしたら、僕たちを指し示すそのものの情報になり得るから」
目的がなんであれ、紺を誘拐する上での利点は、紺には別の人物をその人物だと、思い込ませることができるということだ。
犯人は自分の特徴を隠しさえすれば、後になっても容易に言い逃れができる。
「それなのに、犯人はそれらで、犯人像を混乱させようとしてしまった。
結果、僕やハジメ、それに紺の障害のことも知っている、ごく身近な人間が犯人だと知らせてしまった」
「三人のことをよく知っている人……、それじゃあ……まさか、十さんが……?」
僕は首を横にふった。
「オワルにも、この犯行はむずかしい。彼女の髪は、僕のふりをするには長すぎる。
そりゃあ、今日学校に行って、オワルがショートヘアにでもなっていたら別だろうけれどね。
ちなみに翠はそもそも、除外される。紺は家族の顔だけは認識できるから、家族が他人になりすますことはできない」
そして僕は、座板に腰をかけたままの穂坂さんを見下ろした。
「ところで、穂坂さんのクラスって、クラス対抗の出し物は劇だったよね」
「うん、そうだよ。よく知ってるね」
「それもただの劇じゃなくて、性別逆転現代物おとぎ話ミュージカル」
「……そうなの。バカみたいでしょ? みんな、高校生にもなって浮き足立って。いい加減、落ち着いたらいいのに」
「で、聞きたいことなんだけれど」
僕は穂坂さんを見つめた。
「穂坂さん、なんの役?」
穂坂さんはブランコを揺らしながら、こちらを見ずに言った。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「性別逆転ということは、つまり穂坂さんにも役があるなら、男の役をやるわけだ。
しかも現代物。……穂坂さん、もしかしなくても、衣装は学ランだね?」
穂坂さんは無言でブランコを漕ぎ続けている。
僕は言った。
「毎朝僕たちを見ていた人間なら、紺の障害のことも自ずと判ってくるはずだ。
それに肩までの髪なら、後ろに結んでマフラーの下に隠しでもすれば、長さはいくらでもごまかせる。
僕のマフラーを盗めて、ハジメのカメラ好きを知っていて、
紺の障害のことを知っていて、……おそらく紺がいなくなることで、翠を困らせたかった人間。
……穂坂さん。きみがきのう、放課後の劇の練習に出たか出なかったかは、クラスメイトに聞けばすぐにわかるよね?」