あの事件からというもの、ナツといたるは、封太の部屋によく遊びに来るようになっていた。
封太は面倒そうなそぶりを見せつつも、いつもふたりを迎え入れてくれた。
封太のマンションの部屋は、外観と同様、一部の壁がコンクリートの打ちっぱなしのデザインだった。
広さはないものの、洗面台はガラス製だったり、ダウンライトがついていたりとどことなくおしゃれだ。
ただ、部屋の床にはなにかのグッズや漫画本、ゲームソフト、緩衝材に段ボール……そのほかいろいろなものが散乱し、堆積していた。
そんな溢れんばかりのガラクタたちのせいで、せっかくのおしゃれ感がまるで台無しだった。
「えーと、そっちにある本を梱包して」
「はーい」
封太に言われて、ナツといたるは手慣れたように本を専用箱に入れていく。
要するに最近は雑用を任されているわけだが、いろいろな物に触ることができるこの作業は、ふたりにとってはなかなかに楽しいのだった。
「イクマさんって、パソコンとかインターネットとかにくわしいんでしょ」
いたるが言った。
「スマートウォッチの問題のことなんて、携帯ショップの店員さんにもわからなかったんだよ」
結局あのあと、封太に設定を見直してもらって、いたるはスマートウォッチの電話番号を変更することができた。
それからはあのまちがい電話はピタリとやんだし、封太の電話もちゃんと鳴るようになった。
「まぁね」
封太は得意げに胸を張った。
「私は電子の海のプロだからね」
「なんかそういう仕事、やればいいのに」
「仕事、ねぇ……」
とたん、封太の声に元気がなくなった。
「家からまったく出ずに、人とも会わなくていい仕事があればいいんだけれどね」
「インターネットで仕事を探してみたら? 悩みごとを募集して、それを解決するとか!」
ナツが提案して、封太が渋い顔をした。
「悩みもインターネット上だけで完結すればいいんだけれどね。ネットの向こう側にいる人間も現実世界に生きているから。突き詰めていくと、その悩みごととやらも結局はインターネットの外にしか存在しないのさ」
らしくもなくまともそうなことを言って、物憂げにため息をつく封太。
かと思いきや、すぐににやりと邪悪な笑みを浮かべた。
「……しかし、現実世界の厄介ごとなら一水さんに特攻隊長をしてもらうのもありかもしれないな。きみたちの特別チケットもあるわけだし」
特別チケットとは、ナツといたるがもらった、一水のあの名刺のことだろう。
そのとき、封太のスマートフォンが鳴った。
封太はびくりとして、おそるおそるスマートフォンを手に取った。
相手は一水だった。
『俺は嫌ですからね』
そうひと言一水が告げたあと、通話はすぐに切れた。
封太は恨めしそうにスマートフォンの画面を睨んだあと、辺りを見回した。……まえに一水がこの部屋に来たとき、どうやら盗聴器を仕掛けていったらしかった。
しかし一水は一水で、あのあとあちらこちらに分散していた封太の借金を、ひとつにまとめてくれたりした。
まとめた先は結局一水のところだったが、返済作業はまえよりもずっと楽になった。
封太のパソコンから、ピコン、と音が鳴る。
あらかじめ設定していたタイマーだった。
「時間だ! イクマさん、商品を発送しにいかなきゃ!」
子どもたちの準備は早い。
帽子をかぶってカバンを下げて、先ほど梱包した箱を手に持ってすでに待っている。
「はいはい……、あー、外に出たくないなぁ……」
ナツといたるに手をひかれ、封太は玄関の扉を開けた。
渡り廊下から見える、きらきらと光をまとう緑色の木々。
青い空に、白い綿のような雲。
それはなにかが始まりそうな、夏だった。
おわり
2023/08/29 擱筆、公開