誘拐(e)


ルカはナツといたるに頷いてみせると、向こうの男ふたりに声をかけた。

「おーい! そこのおふたりさん、なにをしているんだ?」

男たちはルカのほうに目をやった。
そしてその傍(かたわら)にナツといたるがいるのを見て、封太がおどろいた表情を見せた。

「なっ……きみたち、どうやってここへ?」
「知り合いですか?」

訝しげにスーツの男が封太に問いかけ、封太は首をふった。

「いや、遠目に見かけただけだ。……警察署に駐禁の反則金を支払いに行ったときに、ね。昨日、なんとなく話を盗み聞きしていたら私のことだったのでおどろいたよ。たしかにここ1ヶ月は、私に電話がかかってくることはなかった。ふたりの話ではじめて、私の電話回線になにが起きているのかを知ったんだ」
「……じゃあ、あなたがわざとこの子の電話に転送設定したわけではない、と?」

ルカがたずねると、封太は頷いた。

「そんなこと、するはずがない。転送電話だってお金がかかるのに」

なんともみみっちい理由だった。
理由はともかく、封太はしみじみと言った。

「……スマートウォッチが普及しだしてから、ごく稀にあるんだよ。スマートウォッチに『他人の電話番号と同じ番号が割り振られてしまう』ことが。これはシステム上の欠陥なんだが、自分のもつスマートフォンの番号がA、スマートウォッチの番号がBだとすると、そのAとBの両方から電話を受けることができてしまう。しかし大抵の人はスマートフォンの番号Aをシェアして使うから、スマートウォッチ本体がBの電話番号を持っていることを知らない」
「……そこまでわかっていて、どうしてぼくにイタズラ電話を?」

いたるがたずねると、封太は目を泳がせながら言った。

「せ、せっかくこんな珍しい偶然が重なったんだし、ちょっとからかってみるのもおもしろいかなって……、も、もちろん、ほんとうにお金を受け取る気は微塵もなかったよ!」

その発言に、スーツの男が改めて汚いものを見るかのように封太を見た。

「やっぱりゴミじゃないですか」
「ひぃっ! け、蹴らないで……」
「蹴りません。子どものまえでは極力、そういうのはしたくありませんから」

それから、スーツの男がナツたちのところへと歩み寄ってきた。
ルカは腕組みをしたまま動かず、ナツといたるはそんなルカの後ろにそっと隠れた。

男はその場に片膝をつくと、ナツたちの視線に合わせて言った。

「どうしてこの場所が?」
「あ、あの……、ごめんなさい。車のあとをつけました……」

いたるが小さな声で言うと、スーツの男は笑った。
笑ってみれば、まだ幼さが少し残るような、封太と同じ年頃の青年だった。

「いい腕の探偵団ですね。あなたがたに免じて、イクマさんを解放します」

それからスーツの男は立ち上がると、ルカをちらりと見た。

「ということなので、通報はしないでもらえますか?」
「おまえの名前を教えろ。それで今回は目を瞑っておいてやる」

スーツの男はうーんと考えたあと、胸ポケットから金属の名刺ケースを取り出すと、ナツといたる、それぞれに渡した。
名刺には、「海嶽(かいがく)会 延寿一水(えんじゅ・いっすい)」と書かれていた。

スーツの男……一水は、ナツといたるに言った。

「今回は怖い思いをさせてしまってすみませんでした。埋め合わせに、今後なにか困ったことがあったら呼んでください。俺の得意なものは暴力です。暴力で解決しそうなことなら是非」
「……へんなことを吹き込むなよ」

ルカに呆れた声で釘を刺されても、一水は笑みを崩さなかった。

「あと、イクマさんが逃げ出さないように監視をお願いします、探偵さんがた」

そして一水は、封太をその場に放置したまま車に乗り、じゃりじゃりと砂煙を巻き上げながらどこかへ走り去ってしまった。