僕は退院後も、病院を離れなかった。
……というのも、発見された緋色が同じ病院に運ばれてきたためだった。
緋色は全身打撲の重体で、集中治療室で手術を受けていたけれど、先ほどそれも終わって、一般の病室に移された。
病院に運びこまれてから、緋色は一度も目を開かなかった。
それでも呼吸と脈拍は安定していると、医者に告げられた。
手術中、どこかに行っていた深神さんは、手術後に一度だけようすを見にもどってきた。
しかし、いまはどうしても手を離せない仕事があると言って、ハルカを連れてすぐにもどっていった。
いまは僕と青空が、緋色のベッドのとなりに座っている。
「……緋色」
呼びかけてみたけれど、やはり反応はない。
それでも手をにぎると、遊園地で手をつないだときよりも、あるいは『七月七日の世界』の最後に手を重ねたときよりも、温かく感じられた。
心電図のモニタがピッ、ピッ、と、おだやかに鳴り続ける病室のなかで、僕はやがて顔をあげた。
「青空、メモ帳とペンはある?」
「え? うん、あるよ」
青空が自分の鞄をごそごそとかき回すと、小さなメモ帳とペンを取り出した。
「どーぞ」
「ありがと」
メモ帳から紙を一枚切り取ってミニテーブルの上に置いたあと、ペンを紙につけたまま、すこしのあいだ静止した。
たちまち紙がインクを吸い込みにじんでしまったので、僕はあわてて紙からペンを離す。
今日は七月七日、七夕の日。
織姫星か、彦星か。
息を殺し影にひそむ悪魔か、それとも森に住む気まぐれな神さまか。
だれが願いを叶えてくれるのか知らないけれど、
緋色とみずきのふたりの願いを叶えて、僕の願いごとだけ叶えてくれないなんてとんだナンセンスだ。
まったく、まるでなっていない。
僕は、ペンを走らせる。
今度はよどみなく文字を書き終えたので、自分の文字を見直した。
『みんながしあわせに過ごせますように 西森蒼太』
僕のしあわせ。
緋色のしあわせ。
そして、村崎みずきのしあわせ。
鮮やかな色のついたこの世界で。
みんながいる、この世界で。
……神さま。
この程度のこと、叶えてくれなきゃ困るんだ。
おわり
2008年 擱筆
2010/06/10 加筆修正、再公開
2014/02/07 加筆修正
2015/08/17 加筆修正
2018/11/09 加筆修正、レイアウト変更