7月6日(日) 13時25分 -- 01


目が覚めると、そこはベッドの上だった。けれど、僕の部屋ではない。
いつもの布団よりごわごわしていて、布地がすこし固かった。

周りを確認しようと頭を動かすと、

「いつ……っ」

後頭部がずきずきと痛んだ。
右手で後頭部にそっと触れてみると、そこには包帯が巻かれている感触があった。

「おかえり、西森少年」

声のするほうに目を向けると、ベッドの脇に置かれたパイプ椅子に深神さんが座っていた。
深神さんは、本を片手に持っている。いままでそれを読んでいたのだろう。

「ここは病院だ。気分はどうだ」
「気分……」

どうだろう。
長い夢から、ようやく覚めたような感覚だった。

「今日は……七月六日ですか?」
「ああ、そうだ。七月六日」

そして深神さんは開いていた本を閉じ、自身の腕時計を確認する。

「十三時二十五分。看護師を呼ぶか?」
「いえ、そのまえに……、深神さんが知っていることを、すべて教えてください」

どんなことが起こって、いまどうなっているのか。

深神さんはベッドに備えつけられているミニテーブルの上に置いてあったボトルの水を、 同じように置いてあった紙コップに注いだ。

「水だ。飲みたまえ」

深神さんに支えられて上半身を起こし、水を飲んだ。
長時間常温に置かれていたらしい水は、生ぬるかった。

「君は、どこまで覚えている?」
「ええと……」

深神さんにたずねられて、自分の記憶をさかのぼる。
……こちらの世界の僕の記憶。七月五日の、僕の記憶。

「……僕は自分のマンションの部屋にもどりました。そうしたらそこには、深神さんがいた」

……人の部屋で勝手にコーヒーを飲んでいたことは、ひとまず置くとして。

「会話の途中で、深神さんに銃を向けられて……、そのあとからは、なにも覚えていません」
「あのとき、私が銃を向けたのは、君ではない」

意外なことに、深神さんはそう僕に告げた。

「私が銃を向けた相手は、君のうしろに立っていた、『村崎みずき』だ」

息をのむ。
あのとき、僕の背後にみずきがいたというのか。

「しかし、私がなにかするよりもはやく、彼女はゴルフクラブを君にふり下ろしてしまった」
「ゴルフクラブ……」
「君が倒れたそのあとは、私が彼女を取りおさえて、そのまま警察に引き渡した。 精神状態が不安定だったらしく、刑事責任を問えない可能性が高い」

そして深神さんは、僕に深く頭を下げた。

「すまなかった。今回のことは、私の説明不足だった」
「いえ。……深神さんの忠告を聞かなかった僕がわるいんです。……緋色は?」

深神さんが首を横にふった。

「まだ見つかっていない。……いまとなっては言いわけのようになってしまうが、 『村崎みずき』の存在を私が西森少年に隠したのは、緋色に頼まれたからだったのだ。 なぜそのようなことをするのか理由は教えてくれなかったが、 思いつめた表情をする彼女の頼みを、私は聞かないわけにはいかなかった」
「そうだったんですか……」

三日まえに世界を巻きもどした彼女は、僕を救うためにひとりで戦っていたのだ。

「僕とみずきを会わせたくなかったのは、緋色だったんですね」

みずきと出会えば、僕はまた、みずきに殺されてしまうから。
緋色は僕を守ろうと先手を打っておいてくれたのに、……僕が余計なことをしてしまった。

「緋色は失踪するまえに、やらなければならないことがあると言っていた。 そのときに、西森少年をひとりにしないでほしい、と頼まれたのだ」

しかしそれきり、緋色は帰ってこなかった。
だから深神さんは『村崎みずき』があやしいとにらみ、そのあとを追ったのだ。

頭のなかに散らばった情報を整頓する。
そもそもの事の始まりは、僕が一度、村崎みずきに殺されたということだ。

死んだ僕は、あの延々と続く『だれもいない七月七日の世界』に閉じこめられた。
そして緋色は、僕が死ぬ三日まえへと世界を巻きもどした。

みずきの『七月七日の世界』と、緋色の『三日まえに巻きもどした世界』が同時に存在した。
その結果、『死んだ僕』と『生きている僕』が重なり、あの事態が起きたのだと思う。

みずきは、緋色が世界を巻きもどしたことを知っていた。
『この女、世界を巻きもどしてまで、私のじゃまをする』、とも言っていた。

おそらく、三日まえに巻きもどった世界……、いま、僕や深神さんがいる世界で、彼女たちはすでに出会っていたのだろう。
その上で、みずきが僕のマンションまでやってこれたのは、……じゃま者がいなくなったからか。

「……僕はばかだ」

僕は頭を抱えた。

「緋色に……僕のために戦ってくれていた緋色に、僕は最後まで、なにもしてやれなかった」

僕は何度も選択をまちがえた。
……そもそも僕が、死んだままでいればよかったのかもしれない。

しかしそんな僕に、深神さんは言った。

「私もすべての事情を知っているわけではないが……、西森少年はわるくない。不運が重なったのだ」

僕はうなだれながらも、深神さんにたずねた。

「緋色は……、村崎みずきに殺されたのでしょうか」
「わからない。村崎みずきはもう、まともに会話ができる状態ではなかった。 ただ、殺されたというのなら、死体が必ず見つかるはずだ。それが現時点では見つかっていないわけだから、望みはまだある」

深神さんは目を細めた。
それはいままでに僕が見たことのない、暗い瞳だった。