僕は道ばたの自転車を拝借して、池袋まで向かった。
だれもいない大通りのど真ん中を走るのは、なかなか気分がよかった。
「これで天気もよかったらいいんだけれどな」
それからふと自転車を止め、初日に拾った音楽プレイヤーを鞄から取り出した。
電源を入れると、ディスプレイが淡く光った。
まだ充電は足りていたようだ。
イヤホンを耳につけて再生ボタンを押すと、歌が途中から再開した。
僕はそれを聞きながら、ふたたび自転車をこいだ。
『Lasciatemi morire! ……』
あいかわらずのイタリア歌曲だ。
僕はこの曲を知っている。
作曲者は、モンテヴェルディ。タイトルの意味は……『私を死なせて』、だ。
この歌はほんの短いものだというのに、僕の拾った音楽プレイヤーは、なぜか一曲だけを繰り返し再生する設定になっていた。
試験かなにかの課題曲だったのだろうか。
もとの持ち主は、そうとう熱心な勉強家だったようだ。
おかげで僕は、延々とこの歌だけを繰り返し聞くはめになった。
……その繰り返しは、この終わらない世界と重なる。
「Lasciatemi morire! ……」
音楽に合わせ、のどの奥からひねり出すように歌った。
われながら、ひどい歌声だ。
どうせなら、みずきのまえで、もったいぶらずにチェロの一曲でも弾いてやればよかった、と僕は思った。
もしもこの世界を終わらせたら、みずきとはもう永遠に会うことはないのではないか、という漠然とした予感がしていたのだった。
自転車をこぎながら、それでも歌い続けていると、なぜか涙があふれてきた。
止まらない涙を、手の甲で乱暴にぬぐう。
僕はいったい、どうして泣いているんだろう。
『Lasciatemi morire! ……』
歌声は続く。
ああ、ほんとうにそうだ。そのとおりだ。
『私を死なせて』。
……いっそのこと、そのまま叶ってしまえばいいのに。