頭のなかで、なにかが弾ける音がした。
こみ上げてくる気持ちのわるさに、口元を手で押さえる。
「ごめん……ハルカ。すこしのあいだ、ひとりにさせてくれないか」
「お、おう……、だいじょうぶか? オレの部屋、使う?」
「ありがとう」
僕は枕代わりにしていた自分の鞄を引っつかむと、ハルカの部屋に逃げるように駆けこんだ。
ハルカの部屋にはキーボードが置かれており、周囲には書きかけの楽譜が散乱している。
見覚えのあるいくつかのぬいぐるみは、僕がゲームセンターで獲得した品々だ。
しかしそんなことは、いまはどうでもいい。
「くそっ……」
大きく息を吸って、僕はかっと目を見開いた。
落ち着いて、思考しろ。
……あんな一瞬でハルカに引き出せる『村崎みずき』の情報を、あの深神さんが見落とすことなんて、億にひとつもあり得ない。
つまりみずきの存在を、深神さんは意図的に僕に隠したのだ。
どうしてそんな必要があったんだ?
そしてどうして緋色がいなくなる?
僕は鞄から携帯電話を取り出して、深神さんの電話番号にコールする。
一、二、三、……
三十を数えるまで待ってみたけれど、留守電に切り替わることもなく、深神さんが出ることもなかった。
気がつかないのか、僕がかけた電話には出ないつもりなのだろうか。
……たぶん、後者だろう。
電源が切られていないのは、緋色からの連絡を待っているためだろうか。
僕は立ち上がった。
……くやしい。
どうしていつも、僕だけが部外者なんだ。
どうしていつも、僕だけが取り残されて、ひとりぼっちになってしまうんだろう?
僕がハルカの部屋を出ると、物音に気がついたのか、ハルカがこちらを向いた。
そんな彼に、僕は声をかける。
「ごめん。僕、ちょっと出かけてくる」
とたん、ハルカは顔色を変えてソファから立ち上がった。
「いや、だめだ。さっきも言っただろ? おまえも深神さんが帰ってくるまでは……」
「行かなきゃいけないんだ」
僕はみずきに会いに行かなければいけない。
深神さんも、おそらくそこにいる。
もしかすると、緋色もそこに?
いまになってもまるで状況は飲みこめない。
でも、……みずきがあぶないかもしれない。
「おい、待てって!」
強引に外へ出て行こうとする僕のうでを、ハルカがつかんだ。
「蒼太。おまえはたまに、ひとりで考え過ぎて、つっ走る傾向がある。深神さんはおまえにここで待っているように言ったんだ、だから」
僕はハルカのうでをふりほどいた。
「僕は、君たちのことをなにも知らない」
出会ったあのときから、ずっと。
「ずっと黙っていたけれど。……僕はいままで、君たちに引け目を感じていた。
君たちってほんとうに気のいいやつらだからさ……、
僕は自分のいやな部分を見せたくなくて、必死に隠してきた。でも、それも今日で終わりだ」
僕は醜悪な人間だ。
自分の意思でつかみ取ったものが、
「僕は深神さんを信じられない」
……友人への反抗と、尊敬していた人への疑いだなんて。
「オレは……」
ハルカは困ったように僕から目をそらし、うつむいた。
「……深神さんがいなかったら、とっくの昔に死んでいたと思う。
オレのことも緋色のことも深神さんは助けてくれて、居場所を与えてくれた。
深神さんは……その、たしかにうそをつくときもあるけれど、悪意をもって、おまえをだますような人じゃない」
そして、ハルカは顔をあげた。
「蒼太。ひとつだけ聞きたいことがある。
緋色がいなくなったことと、……村崎みずきは関係があるのか?」
「おそらくは」
「……そうか」
ハルカはなにかを言いたげに口を開き、しかし閉じた。
「わかった、これ以上はオレも止めない。
でも、なにかオレにできることがあったら……いつでも言ってくれ」
「ありがとう。……ハルカ」
僕はハルカと目を合わせることができないまま、深神探偵事務所をあとにした。