キセキプロダクション(a)


池袋から数駅行ったところ、オフィス街の一等地にキセキプロダクションの事務所ビルがあった。

十階以上はありそうなビルで、一階はすりガラスで覆われている。
どっしりと構えたそのビルは、見るからに立派で、一般人を寄せつけさせないようなオーラを漂わせていた。

近くには、パトカーが二台止まっているのが見えた。
ビルのまえには立ち入り禁止の黄色いテープが張られていて、そのテープの外側に、マスメディアの人たちがちらほらと集っている。

深神先生は平気な顔をしてテープをくぐると、私を手招きした。
びくびくしながら私もテープをくぐると、深神先生はビルのまえに立っていた警察官に話しかけた。

「深神だ。島田警視の応援要請で来た。この子はさとい君の友だちで、捜査に協力してもらっている」
「お話は伺っています。どうぞなかへ」

警察官に連れられて、私と深神先生は事務所のなかに足を踏み入れた。

意外なことに、事務所のなかでは通常どおり、仕事が行われているようだった。
首からIDカードを下げたプロダクションの人たちが、せわしなく行ったり来たりしている。

「たまちゃん。社長室に知り合いの警視がいるらしいから、すこし話をしてくる。きみはこのフロアで待っていてくれ」
「あ、はい」

深神先生に言われて、私は一階のロビーの椅子に腰をかけた。
プロダクションの人たちは私に構うこともなく、書類に目を通したり、電話をかけたりしながら目のまえを通り過ぎていく。 そのようすは、ロビーに立っている警察官より、よほど忙しそうに見えた。

「テレビやドラマのお仕事だもん、休むわけにはいかないもんね」

そのとき、エレベーターがちんと鳴った。
視線を向けると、なかから中学生アイドルの熊咬(くまがみ)アロマが出てきた。
アロマちゃんは警察官のすがたを見たとたん、いやそうに顔をしかめた。

「あー、一階にもまだ警察がいるんだあ。外、マスコミはだいじょうぶ? アロマ、マスコミの人に質問攻めされるの、イヤなんだけれど」
「アロマさんはなにも答えなくていいですよ。無視して車に乗ってしまって構いません」

答えたのはポニーテールにメガネをかけた女の人。たぶんアロマちゃんのマネージャーだろう。

アロマちゃんは現在、さとちゃんと人気を二分しているキセキプロダクション所属のアイドルだ。
いつもフリルのついたかわいい衣装を着ているアロマちゃんは、今日は私服なのか、黒いパーカーにスカートすがただった。 それでもテレビで見る以上にかわいくて、私は思わず見とれてしまった。

アロマちゃんは私に気がつくと、ぱっと目を輝かせて駆け寄ってきた。

「あれっ、さといと同じ制服だ。もしかしてさといの友だち?」
「あ、う、うん! 九石珠って言いま……」
「タマ! あんたがタマなのね、さといから聞いたことがあるわ。さといは……」
「アロマさん」

楽しそうにアロマちゃんがなにかを話そうとしたとき、マネージャーさんがアロマちゃんに呼びかけた。

「彼女の話はしないでください。あらぬ疑いがアロマさんにかかったらどうするんですか?」

アロマちゃんはマネージャーさんのきつい口調に怖気づくこともなく、つんと顎を上げた。

「猫本さん、キセプロのなかにはマスコミの人なんていないでしょ。だいたい猫本さんは気にし過ぎ!」

マネージャー……猫本さんは、メガネの端をくいっと上げて、アロマちゃんをにらみつける。

「気にし過ぎてわるいことなんてありませんよ。それにさといさんがいなくなったいま、アロマさんがキセプロのトップアイドルなんです。 いままで以上に注目されているんですから、言動には細心の注意をはらってください」
「……さといはいなくなってなんかいないよ。きっと、また帰ってくるもん」

アロマちゃんは口をとがらせて、うつむいた。