切れ味 -- 03


15分ほどでツグトくんの包丁が研ぎ終わると、ツグトくんはにこにこしながら店をあとにした。

クゼさんが肩をすくめた。

「刃物が折られなくて、ほっとしましたよ」
「おねえちゃん思いの、いい弟さんですね」

コザトさんが言った。
それからコザトさんは、店の壁にかけられた時計に目をやった。

「いけない! そろそろ仕事にもどらないと」
「ああ、すみません。ツグトくんの包丁を研いでいて、お弁当を食べられませんでした……」
「ゆっくり食べてください! お弁当箱は、次にお会いしたときに返していただければかまいませんから!」

そう言って、コザトさんはあわただしく店を出ていった。
その姿を見送りながら、クゼさんが言った。

「……彼女、いつもせわしないですね」
「仕事が忙しいのは、いいことですよ」
「ああ、君はいつものんびりしていますからね」
「僕のほうは仕事、ほとんどないですからね……」

なんとなくしんみりとしながら、僕はカウンターの上で弁当箱の包みを広げた。

「さあ、少し遅くなってしまいましたが、昼食にしましょうか」

そしてクゼさんとふたりで昼食をとり終わった頃。
店の扉が勢いよく開いたかと思うと、先ほど帰ったはずのツグトくんが、あわてた様子で駆け込んできた。

僕はおどろいて、椅子から立ち上がった。

「おや、ツグトくん、どうしたんですか?」
「刃物屋さん、さっき、聞くのを忘れちゃったの!」

そう言うと、ツグトくんは先ほどぶたの貯金箱をそうしたときと同じように、今度はちいさな水筒をぐい、と僕の前に突き出した。

「え……」
「これ、どうやってつければいいの?」

よく見ると、ツグトくんの手が汚れている。
いやな予感がして、僕は思わず呼吸を止めた。

「……つける? ……ツグトくん、いま、なにをしてきたんですか?」
「グミねえがおひるねをしているあいだに、傷口が早くふさがるように、グミねえの指をもういっかい、『切った』の!」
「……まさか」

僕は、いつのまにか受け取ってしまったらしい水筒を手に持ったまま、おそるおそる聞いた。

「では、この水筒の中に入っているのは……」

ツグトくんの顔を見る。

汚れているのは、手だけではなかった。
その手でこすったのか、ツグトくんの顔や、コートの袖にも……

赤色の汚れ。
……『血』が、べったりとついている。

呆然と立ち尽くす僕に、ツグトくんが言った。


「その中に入っているのは、グミねえの『指』だよ?」


おわり
2017/04/10 擱筆、公開
2018/11/06 加筆修正、レイアウト変更
2026/06/04 推敲、一部表現修正