古い民家と畑の風景が広がるのどかな田舎町、ハグルマ町。
この町の片隅にある刃物屋で、僕は研ぎ師兼店番として働いていた。
遠い昔から代々受け継がれてきたこの店は、年季の入った木のにおいがして、壁の色もだいぶ色あせている。
おまけに来客もほとんどないような店だけれど、僕はこの店で過ごす時間が好きだった。
雪がちらつく、ある冬の日の午後。
「今日は開店休業、かな……」
僕はひとりごとを言いながら、窓際の竹すだれを下ろした。
積もり始めた雪を見ているだけで、体の芯まで凍えてしまいそうだったからだ。
雪が降れば、足元も悪くなる。
こんな日に、わざわざ刃物屋に足を運ぼうとするお客は、おそらくいないだろう。
ハグルマ町は、いつもに増して静かだった。
雪はいつだって、世界の音をどこかへと連れ去ってしまう。
僕は、そんな静けさをまぎらわせるために、ラジオをつけることにした。
電源を入れて、音を頼りに周波数を合わせる。
しばらくダイヤルを回していると、ラジオはやがて、ノイズ混じりの人の声を流し始めた。
『……昨日、ハグルマ町のゼンマイ銀行ハグルマ支店に男が押し入り、従業員2名を刃物で切りつけたあと、現金2000万円を奪って逃走しました……』
流れてきたのは、いきなり物騒なニュースだった。
「ハグルマ町って、この町じゃないか」
言われてみれば、たしかに昨日は警察車両のサイレンの音がよく聞こえていた気がする。
ラジオは続いた。
『襲われた従業員2名は病院に搬送されましたが、まもなく死亡が確認されました。
目撃者の証言から、犯行に使われたのは牛刀のようなものだったとのことです……』
僕は思わず顔をしかめた。
牛刀といえば、西洋の包丁だ。
もちろん、どんな刃物でも人に向けるようなことがあってはいけない。
しかし、肉を細かく切り刻むことに優れている牛刀が犯行に使われたというのは、なんだかやけに生々しく感じられた。
「……その牛刀も、かわいそうに。人を殺すために生まれてきたわけではないだろうに」
そのとき、だれかが店に入ってきた。
僕はあわててラジオを消すと、「いらっしゃいませ」と声をかけた。
「どうも、失礼」
そう言って帽子を取り、あいさつを返してきた男を見て、僕はぎょっとした。
こんな雪が降っている日なのに、男は燕尾服にシルクハットという、奇妙な格好をしていたからだった。
(な、なんだ? この人……手品師?)
その男は、この国ではあまり見かけることのない、灰青色の髪をしていた。
……もしかすると、異国の人間なのかもしれない。
僕はぎこちない笑みを浮かべた。
「なにかご用でしょうか?」
灰青色の髪の男は、店内を舐めるように見回すと、一度だけうなずいた。
「うん、なかなかいい店ですね。……君、この店でいちばんいい包丁を見せていただきたいのですが」
「いちばん、ですか……」
僕はううん、とうなりながら考えた。
「いちばんいいものといっても、用途によって変わってきますね。ええと、普段はどのような料理をよくされますか?」
「料理?」
男はなぜかおかしそうに、フフンと笑った。
「そうですね、肉をよく切るかな」
「肉ですね。それなら、少しお待ちいただけますか? 奥から何本か、お持ちいたします」
そう言って僕が店の奥へ商品を探しに行こうとしたところで、男が止めた。
「ああ、いや、たいへん申し訳ないのですが、実はいま、少し急いでいましてね。
商品はじっくりと見たいので、よろしければ後日、君が見繕ったものをいくつか家まで持ってきてほしいのですが」
「ええ、それはかまいませんよ。ご都合のいい日で大丈夫です」
男は燕尾服の内ポケットからメモを取り出すと、机の上に置いた。
「それでは、明日の3時にこの住所にお越しいただけますか?」
「わかりました。……ええと、あなたのお名前は?」
男はほほ笑んで、言った。
「クゼと申します。それでは明日、楽しみにしていますよ」
そしてクゼさんは上機嫌な様子で、店から出ていった。