学校の夜(a)


やがて、月見坂学園は夜をむかえた。
校内はまっ暗で、非常灯の緑色の明かりが闇のなかに不気味に浮かび上がっている。

「……おーい、マリアーっ!」

そんな学園のなかで、飛鳥は大声でさけびながら、あの先輩幽霊、マリアのことを探していた。
こんな闇のなかではいくら幽霊とはいえ、ざわざわと木々がゆれればこわいし、ひとりきりはこころ細い。

飛鳥が警備員室に立ち寄ると、そこでは若い警備員がぐっすりと眠っていた。
もちろん彼にも飛鳥のすがたは見えないのだろう。

それでも人が近くにいるほうが安心する。
飛鳥はしばらくのあいだ、その警備員のそばにうずくまりながらじっとしていたが、やがて顔をあげた。

「……弱気になってはだめだ。私ははやく、成仏しなくてはいけないのだから」

そして飛鳥はふたたび校庭に出ると、もう一度大きな声でさけんだ。

「おおーい!! だれかー! この声が聞こえる人間はいないかーっ!?」
「……うっるせーな! しずかにしろよ!」

思いがけず近くで声がしたので、飛鳥はおどろいて辺りを見回した。
暗闇のなか、飛鳥が目をこらしていると、近くの植えこみのかげからひとりの少年がすがたをあらわした。

「ああ、よかった! やっと夜の学校でも私が見える人間に……」

そこまで言いかけて、飛鳥は両目をごしごしとこすった。

「……ん? おまえ、ほんとうに人間か? 」
「……俺が人間に見えるかよ」

そう言って少年は、ばさり、と『つばさ』を広げて見せた。
少年は月見坂学園の制服を着てはいるが、人間の両うでの部分は白いつばさになっているのだった。

「す、すごい! それ、かっこいいな! はじめまして、私の名前は……」
「知ってるって。二日前に死んだ、飼育委員の越智飛鳥」

あっさりと名前を当てられた飛鳥は首をかしげた。

「どうして私のことを知っているんだ? おまえ、いったいなにものだ……?」
「見ればわかるだろ、ニワトリだ」
「いや、ぜんぜんわからないぞ……?」

飛鳥はしばらく、少年のすがたをじっと観察した。
それから、はっと息をのむと、とつぜん少年の前にかがんだ。
そしていきおいよく少年のズボンのすそをまくし上げたので、少年はおどろきの悲鳴をあげた。

「ぎゃあッ! お、おい、とつぜんなにを……!?」
「……おまえ、ぴよ吉じゃあないか!?」

まくし上げたズボンのしたからあらわれた少年の右足には、いくつもの傷あとが残っている。
飛鳥はその傷あとの箇所に見覚えがあった。

「私が飼育委員になってからすぐに生まれた、けがばかりしていたヒヨコ!  いつからかすがたを見なくなったと思っていたが、まさかこんなすがたに成長しているとは……!」

感慨(かんがい)深そうに、飛鳥はそっと、自分のなみだを指先でぬぐった。

「立派になったな、ぴよ吉……」
「そっ、その名前で呼ぶんじゃねーよ!!」

ぴよ吉の非難の声が、夜の校庭にひびいた。