飛鳥はぶんぶんぶん、と首を横にふった。
「い、いや! 深くは考えないでくれ! その、偶然というかなんというか、その……」
「もしかしてだれかに報復したいと考えて、僕の手をにぎったの?」
「……へ?」
誠の言っている意味がわからず、飛鳥はきょとんとした。
「報復って?」
「越智さんが亡くなるきっかけを作った人間に復讐したいと考えて、僕をたよってくれたのかと」
飛鳥はぽかんと口を開けて、かたまった。
そしてしばらく経ってから、びっくりして声をあげた。
「まさか、とんでもない! 赤月君を利用しようだなんてこれっぽっちも思っていない! 私は、私はただ……」
飛鳥はそこまで言って、うつむいた。
それから長く息をはくと、顔をあげた。
「……とにかく、そういうのではないんだ。
しかし、報復だなんて……私は殺されたことにでもなっているのか?」
誠はそれを聞いて、一瞬だけ目を大きく開いた。
「いいや、そうじゃなくて……、越智さん。きみ、自殺したんだよね?」
「……なにっ!? それはちがうぞ!」
飛鳥は両手を腰に当てて、眉を逆ハの字にした。
「どうして私が自殺なんか!」
飛鳥は心外そうに憤慨している。
そんな飛鳥から、さらにいじめの話を聞き出すことがためらわれた誠は、ふと、いぶかしげに顔をしかめた。
「……自殺じゃあないとすれば、まさかほんとうにだれかに『殺された』の?」
「それは……」
飛鳥は困ったようにうなだれた。
「正直、私にもよくわからない。
窓から落ちたときはほんとうに一瞬だったし、気がついたらこんなだったから。
……もともと、窓枠にのぼった私がわるいんだし、私としては、あれは事故だったと思っている」
そう言って、飛鳥はにぎりしめた自分のこぶしに視線を落とした。
「これが私の運命だったのかもしれない。そして私には、その運命をうらむような気持ちはないんだ」
「でも、越智さんはこうして成仏できないでいる。……ねえ、越智さん」
「な、なんだ?」
誠がこちらに身を乗り出してきたので、飛鳥は思わず身を引く。
「事故か事件か、それをはっきりさせることも、未練を残さないためには大切なことじゃあないかと思うんだ」
「えっと、つまり私の死の真相を探ることが、私の未練の解消につながる……ということか?」
「そう。そしてもし……犯人がいたとして、きみがそいつになにかを望むのだとしたら……」
そのとき一瞬だけ、誠の瞳の奥がぎらり、と光った。
(私を『殺した』犯人への憎しみ? いや……ちがう)
もっと別のなにかへ向けた、いきどおり。
しかしそれがなんなのか、飛鳥にはわからなかった。
「し、真相はたしかに知りたい。しかし……」
「じゃあ、決まりだね」
誠がにこ、と笑った。
「全面的に協力するよ。でも、あまり深刻に考えないで。
もっと気軽に……そうだな、犯人探しの同好会のようなものだとでも思ってくれれば」
「同好会?」
「うん」
誠は両手を広げた。
「ここの部屋はもともと『ミステリ同好会』が使っていたんだけれどさ。
今年は正式な部員がゼロで、ミステリ同好会は名ばかりの幽霊同好会になってしまったんだ。
それでもいままでは、この部屋を使っている僕と妹が幽霊部員みたいなものだったんだけれど、いまなら越智さんが」
「ほんとうの意味での幽霊部員……」
「うん。なんだかそれって、言いえて妙じゃない?」
……なんだか話がへんな方向に向かってしまった気もするが、
誠が楽しそうだったので、飛鳥はただただうなずくことしかできないのだった。